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村上貴史が薦める新刊文庫3冊 意外性に満ちた「星詠師の記憶」

村上貴史が薦める文庫この新刊!

  1. 『星詠師(せいえいし)の記憶』 阿津川辰海著 光文社文庫 902円
  2. 『逡巡(しゅんじゅん)の二十秒と悔恨の二十年』 小林泰三著 角川ホラー文庫 748円
  3. 『偶然の聖地』 宮内悠介著 講談社文庫 836円

 (1)は、昨今大人気の著者が三年前に発表した長篇(へん)第二作。星詠師とは、未来の光景を目撃し、映像として水晶に記録する能力の持ち主のことで、本書は、その存在を前提としている。二〇一八年、星詠師たちの研究施設で発生した射殺事件は、組織の都合で隠蔽(いんぺい)された。現場に遺(のこ)されていた水晶の映像から、星詠師の石神赤司を射殺したのは息子と判断し、内部で彼を幽閉したのだ……。犯行の一部始終を記録した映像がある状況をひっくり返す難題に加え、そこに連なる昭和の事件も探る濃密な一冊だ。真相の意外性も抜群だし、謎解きの果てに浮かぶミステリとしての構図も意外で、かつ美しい。著者の圧倒的力量を再確認できる。

 昨年逝去した著者の単著未収録作を集めた(2)は、ミステリもホラーもSFも得意とした著者らしい多様性に富む。毒殺事件で驚嘆すべき犯人を指摘する短篇(ぺん)や壮大な視点で代理母を語って終盤で驚かせる短篇があり、表題作で二十年前の出来事の真相を探れば、エログロが強烈な第一話の最終行も衝撃的。デビュー作との共通点もあって、嬉(うれ)しくもあり、寂しくもあり。

 四組の旅人たちがイシュクト山を目指す(3)は、妙な小説だ。そもそもイシュクト山に通じる道が現れたり現れなかったりと気まぐれなのが妙だし、登場人物たちも曲者揃(ぞろ)い。その一人の留守宅では、奇っ怪な密室殺人さえも起こる。そんな物語を三二一個もの注釈が彩る怪作だが、奇想に満ちた旅を、実に愉(たの)しく読ませてくれる。この書に浸って満足である。=朝日新聞2021年11月6日掲載