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「ばにらさま」書評 心に潜む光も闇も丁寧に描いた

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2021年11月13日
ばにらさま 著者:山本 文緒 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163914268
発売⽇: 2021/09/13
サイズ: 20cm/218p

冴えない会社員の広志にできた彼女は色白でとびきり可愛い“ばにらさま”。彼女は、バニラアイスみたいに冷たい…。痛くて、切なくて、引きずり込まれる。日常の向こう側に見える心の…

「ばにらさま」 [著]山本文緒

 『プラナリア』や『恋愛中毒』を何度読んだことだろう。前作『自転しながら公転する』も夢中で頁(ページ)をめくった。登場人物の生きづらさや不器用さに胸が痛むほど共感することが多い。
 本書はそんな山本文緒さんの最新短編集である。表題作に登場する「バニラさま」とは、冴(さ)えない主人公の広志に初めてできた彼女のことだ。摑(つか)み所がなく、華奢(きゃしゃ)な身体を包む服装は流行(はや)りのものではあるが心配になるほど薄く、いつも身体が冷え切っている恋人。「甘く見せてこういう女は冷たいよ」と命名した広志の親友の見る目は鋭い。
 広志のひたむきな姿と並行して書かれる冷ややかな声の日記はやけにリアルで恐怖さえ覚える。ラストの展開に驚かされ、切なくなるが、それは徐々に爽快感に変わっていった。
 他の5編も、丁寧に描かれた登場人物たちの心情に引き込まれ、読み進めた先に、思わず声を上げて唸(うな)ってしまうような展開が用意されている。希望や愛などの光と、心に潜む弱さや欲という闇が、表裏一体であることを思い知らされる。
 表題作は、著者が閉店間際の駅ビルで無目的な顔をして洋服を物色している女性を見かけて思いついた話だという。街やSNSでふと気になる人を見かけるたび、山本さんならどんな物語を思いつくのだろうと想像した。次の作品はどんなお話になるんだろう、と。訃報(ふほう)を耳にしたのはその矢先のことだった。
 収められた短編は2010年代のものが多いが、奇(く)しくも人の命の終わりについて書かれた作品もある。
 恐れ多くも、自著が文庫化される際は解説をお願いした。優しい山本さんは快諾してくださり、素晴らしい解説を書いてくれた。いつか直接お礼を伝えたい。そのために良い作品を書いてお会いできるような人間にならないと、と思っていた。もうそれが叶(かな)わないこと、そして新たな山本作品がこれ以上読めないことを心から残念に思う。
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やまもと・ふみお 1962年生まれ。作家。本書刊行後、先月亡くなった。『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』など。