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殺し屋の食事を描く「5時過ぎランチ」など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『5時過ぎランチ』 羽田圭介著 実業之日本社文庫 759円
  2. 『うちのレシピ』 瀧羽(たきわ)麻子著 新潮文庫 649円
  3. 『私はいったい、何と闘っているのか』 つぶやきシロー著 小学館文庫 792円

 (1)仕事の都合でランチタイムに休憩を取れない3人の物語。「内なる殺人者」のリョウジは、殺し屋という職業のため、空腹で仕事に挑む。胃腸が空であれば、腹を刺されても消毒等の処置がしやすい。しかし無事に仕事を終えても、適当な店に飛び込み食事をすることはできない。彼は重度の小麦アレルギーなのだ。空っぽの胃を抱えた殺し屋は、アレルギーに理解のある行きつけの定食屋で、刺身(さしみ)定食を食べる。不思議な時間帯にガツガツと食事をしている人には、のっぴきならない仕事の事情があるのかもしれない。

 (2)家族経営のレストランが舞台の、連作短篇(ぺん)集。「真夏のすきやき」では、強面(こわもて)のシェフと、にこやかに接客する奥さんの娘である中学生の真衣が、はじめてのお弁当作りに挑む。娘の恋に戸惑う母に対し、父は家族のお祝い食であるすき焼きを提案する。人に食べさせることを生業としてきた家族の食卓は、働くことと食べることの、切っても切れない繫(つな)がりを感じさせる。

 (3)スーパーで主任として働く伊澤春男は、店長になりたくて仕事をしているわけではないと口では言いつつも、いざなれるかもしれない状況が訪れると、店長に昇進する妄想が止まらず、先走って床屋で散髪するほど期待してしまう。春男の強すぎる自意識は、どこか身に覚えがあるからこそ、たまらなく恥ずかしい。つぶやきシローの「あるある」を誘う視点が、小説においては極めて巧みな心理描写に昇華する快作。=朝日新聞2021年11月13日掲載