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「J・M・クッツェーと真実」「J・M・クッツェー 少年時代の写真」 国離れて得た 自己省察の視座 朝日新聞書評から

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月20日
J・M・クッツェーと真実 著者:くぼた のぞみ 出版社:白水社 ジャンル:その他海外の小説・文学

ISBN: 9784560098684
発売⽇: 2021/10/19
サイズ: 20cm/327p

ノーベル文学賞作家J・M・クッツェーの翻訳を手がけてきた著者が、作品の奥に埋め込まれた「真実」を解き明かし、作家の実像に迫る。年譜・全著作リストも収録。【「TRC MAR…

J・M・クッツェー少年時代の写真 著者:くぼた のぞみ 出版社:白水社 ジャンル:その他海外の小説・文学

ISBN: 9784560098691
発売⽇: 2021/10/19
サイズ: 21cm/197p

アパルトヘイトが強化されていく1950年代、作家・クッツェー自身がケープタウンのカレッジ時代(12歳〜16歳頃)に撮影した貴重な写真131点とその分析を収録。クッツェーの…

「J・M・クッツェーと真実」[著]くぼたのぞみ/「J・M・クッツェー 少年時代の写真」 [著]J・M・クッツェー

 世界的に権威あるブッカー賞の2度の受賞後、ノーベル文学賞も授与された南アフリカ出身のクッツェー。オランダ系植民者の末裔(まつえい)の白人として、アパルトヘイト体制下で自身が受けてきた恩恵について、また西欧の近代化のプロセスについて、慎重かつ先鋭的な考察を作品内で展開し、高く評価されてきた作家だ。網羅的に邦訳がなされ日本にもファンが多いが、インタビュー嫌いでどこか謎めいた彼の、意外な横顔を知ることのできる2冊が刊行された。
 『J・M・クッツェーと真実』はクッツェー作品をいち早く日本に紹介した翻訳者による、批評的なエッセー集である。来日した彼とカフェで対話した日の回想に始まり(「どうやって食べているのですか?」と直截(ちょくせつ)的に問われたとは可笑(おか)しい)、しだいにソリッドな作品群の魅力をその歴史的な脈絡とともに解き明かしていく。硬軟とりまぜた話題と筆の運びは、詩人でもある著者らしく軽やか。まだクッツェーになじみのない読者の興味もひくだろう。
 クッツェーは暴力性が露骨に表れた土地で、少年期を送った。植民地主義を煮詰めたような当時の国家体制はもちろん、アパルトヘイト下の厳しい情報統制、南アフリカの人々の粗暴さ、農場運営における自然との闘いなど、絶え間なく湧きでる恐怖心とその原因に意識を向け続けてきた。青年期に国を離れたことで獲得した客観化と自己省察の視座が、のちの著作の方向性を決定づけたのだと、くぼた氏は丁寧に彼の文化的バックボーンを掘り下げる。
 『少年時代の写真』にはそんな作家になる前、ケープタウン時代のクッツェーの自意識が見え隠れする写真が多数収録される。ポートレート、教師の鞭(むち)、母親、10代の蔵書……。文章の前に「光で書くこと」に熱中したという彼の批評性(のちの写真へのコメントも含め)が際立つ一冊だ。
 英語の覇権ぶりや北米の出版産業の商業主義に反目するように「南の文学」という概念を打ち出し、南半球の作家たちと連帯するクッツェーの信念に、くぼた氏が共鳴するのは、彼女がアフリカ系の女性作家アディーチェなどの邦訳も積極的に手掛けてきたことと無関係ではない。日本の開拓地である北海道で入植者第三世代として生まれた自身の境遇を、クッツェーの自己検証の姿勢を通じて問い直し、ひいては非白人女性作家たちの理解につなげてきたのだと彼女は言う。クッツェー紹介にとどまらず、骨太な翻訳論でもあり、自伝的側面も持つのが『J・M・クッツェーと真実』だ。著者についてさらに知るには、こちらも出たばかりのエッセー『山羊(やぎ)と水葬』(書肆(しょし)侃侃房(かんかんぼう))がおすすめ。
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くぼた・のぞみ 1950年生まれ。翻訳家、詩人。著書に『鏡のなかのボードレール』など▽J.M.Coetzee 1940年生まれ。南アフリカ出身の作家。2003年にノ-ベル文学賞を受賞。『恥辱』『イエスの幼子時代』など。