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「ペッパーズ・ゴースト」書評 理不尽が希望へ 「文章の芸」で

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月20日
ペッパーズ・ゴースト 著者:伊坂幸太郎 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517920
発売⽇: 2021/10/01
サイズ: 20cm/387p

「ペッパーズ・ゴースト」 [著]伊坂幸太郎

 中学校の国語教師・檀千郷には奇妙な予知能力がある。誰かの飛沫(ひまつ)を浴びるとその人物の翌日の一場面を見ることができるのだ。
 ある日、とある生徒が新幹線事故に巻き込まれる未来を見てしまった檀は、放っておけず「占い師が言っている」などと適当な言い訳をつけて生徒にその旨を伝えた。災禍を免れた生徒からは感謝されたものの、なぜ事故を予測できたのかと訝(いぶか)しむ人も当然いる。そこから檀は爆弾テロが絡む大きな事件に巻き込まれていくことになる。
 という主軸の物語と並行して語られる別の物語がある。生徒が書いた小説、つまり作中作だ。猫を虐待するネット配信を面白がって支援していた人たちを特定し、粛清してまわる二人組の話である。
 このふたつの筋がどう関係していくのかが本書の読みどころだが、こうして書くと本筋も作中作もなかなか物騒だ。実際、ここに描かれるのは人生への絶望、法で裁けない罪、匿名の悪意など、私たちが日々出会う理不尽ばかりである。
 だが、これが伊坂幸太郎の手にかかると希望の物語へと変貌(へんぼう)する。なぜなら本書はそれらの理不尽に立ち向かう物語だから。しかも軽やかに。爽快に。
 作中作の二人組は悲観論者と楽天家のコンビで、コミカルな会話劇が実に楽しい。登場人物たちは数々の障害に阻まれながらも、飄々(ひょうひょう)と目の前のことに取り組み、道を見つける。そこから伝わってくるのは、悪は必ず報いを受ける、絶望は覆せる、未来は変えることができるという力強いエールだ。これは人生を肯定する物語なのである。だから読後に希望が残る。清々(すがすが)しさが満ちる。勇気が湧く。
 著者のお家芸である印象的な箴言(しんげん)の数々とアクロバティックにして精密なストーリー展開は、今回も冴(さ)え渡っている。文芸が〈文章の芸〉であるならば伊坂幸太郎は一流の芸人だ。その名人芸に心ゆくまで酔っていただきたい。
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いさか・こうたろう 1971年生まれ。作家。『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』など。