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池澤春菜さん注目のSF小説3冊 フシギで多様な思弁小説

  • ネットワーク・エフェクト
  • 千個の青
  • だれも死なない日

 SFとはサイエンス・フィクションだけではない。スコシ・フシギでもあるし、スペキュレイティヴ・フィクション(思弁小説)でもある。個人的にはスーパー・フィクションというのも好き。今回ご紹介する3冊は、いずれもSFでありながら、とても多様。

 まずSFというイメージに一番近いかもしれない、『ネットワーク・エフェクト』は、『マーダーボット・ダイアリー』の続編。主人公は、大量殺人を犯した人型警備ユニット。その記憶は消され、統制モジュールによって厳重にコントロールされているはずが、自らをハッキングし、枷(かせ)を外している。だけどそんなスーパー有能な、一人称「弊機」の趣味は、一人引きこもって連続ドラマ(フレンズとか、X―ファイルみたいな)をひたすら見ること。なのに勝手で脆弱(ぜいじゃく)で、トラブルばかりおこす面倒くさい人間に引っ張り回され、ぶつぶつぼやきながら、八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をしてしまう。とにかくキュートな弊機にニヤニヤしていただきたい。

 『千個の青』は、走れなくなった競走馬と、廃棄が決まったロボット騎手、彼等(かれら)を取り巻く人々の物語。それぞれが喪失や鬱屈(うっくつ)を抱え、諦めながら、傷つきながら生きている日々に投げ込まれた「わたしたちはみんな、ゆっくり走る練習が必要だ」という言葉。ロボット騎手コリーの眼差(まなざ)しが、静かなパラダイムシフトを起こしていく。幸せとは、生きていくこととは何なのか。当たり前だと思っていた毎日を、もう一度見直すことができる。技術や未来だけでなく、その先にあるものを示す、SFだからこそ描ける物語。

 そして『だれも死なない日』。これも世界の見方が変わる、驚くべき1冊。タイトルの通り、一夜にして人が死ななくなる。誰もが一度は考えたことがあるだろうアイデアが、唯一無二の文体、そしてサラマーゴにしか書けない独創性で進んでいく。死なない、から、死ねないへ。不死だけど不老ではなく、不治はそのまま。つまり永遠の宙(ちゅう)ぶらりん。葬儀社や病院、教会、老人ホームなど、死にまつわる仕事をする人々の右往左往がユーモラスに、意地悪くえぐり出される。後半では、死そのものが女性主人公となる。唯一、彼女の力が及ばないチェロ奏者との不可思議な、そして心震わせる関係。

 原文には句点や改行、「」といった、読みやすくするための工夫がほぼない。特異な文体はまるで呼吸をするように朗々と蕩々(とうとう)と、滑らかに繋(つな)がる。

 まるで精緻(せいち)なカットを施された黒曜石のようだと思った。恐ろしく美しく、目映(まばゆ)く、全く中が見通せない。まさにスペキュレイティヴ・フィクション。

 SFの多様性に目を見張る3冊。=朝日新聞2021年11月24日掲載