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「塞王の楯」 石垣VS.鉄砲 職人の目で描く合戦 朝日新聞書評から

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月27日
塞王の楯 著者:今村 翔吾 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087717310
発売⽇: 2021/10/26
サイズ: 20cm/552p

「塞王の楯」[著]今村翔吾

 武将たちの合戦を描く戦国小説は多い。だが戦は体ひとつではできない。そこには拠(よ)り所(どころ)となる城や戦うための武器が必要だ。
 それを支える技能集団が近江にあった。石垣を造る穴太(あのう)衆(しゅう)と鉄砲を作る国友衆である。ともに戦国時代を代表するプロフェッショナルの集団だ。『塞王の楯』は石工と鉄砲職人それぞれの若きリーダーの目から戦国の合戦を描いた斬新な歴史小説である。
 主人公は戦で家族を亡くした匡介(きょうすけ)。彼は穴太衆に拾われ、石工として成長した。辛(つら)い戦禍を経験した匡介が目指すのは絶対に破られない石垣だ。すべての城がそんな石垣を持てば互いに手出しができず、戦はなくなる。泰平(たいへい)の世が来る。それが匡介の願いだ。
 匡介のライバルになるのが国友衆の彦九郎(げんくろう)である。彼も戦で親を喪(うしな)った身だ。彦九郎は鉄砲職人として、どんな城でも落とせる砲を作ろうとしていた。強力な武器の恐怖を知らしめれば、それが抑止力となって戦はなくなる。泰平の世が来ると彦九郎は考える。
 そして太閤秀吉が没し、関ケ原の前哨戦ともいえる大津城攻めが始まった。穴太衆の石垣を頼りに籠城(ろうじょう)を決めた京極高次。それを取り巻く国友衆の鉄砲。匡介と彦九郎もそれぞれの陣営に加わった。石垣が楯なら鉄砲は矛。最強の楯と至高の矛、果たして勝つのはどちらなのか――。
 という設定だけでワクワクしてしまうが、まず驚かされるのは物語の前半で語られる穴太衆のノウハウだ。石をどう切り出し、どう運び、どう組むのか。石垣の工夫ひとつで城の防衛力が格段に上がる。職人小説としての面白さ、興味深さに惹(ひ)きつけられた。
 一方、後半を占める大津城攻めのくだりは実にエキサイティングだ。弾丸が飛び交う中、突貫で石を組む場面の迫力。戦況に応じて石組みを変える頭脳戦。職人の視点を通すだけで、合戦場面がこれほど新鮮なものになるとは。
 だがその興奮と裏腹に、読み進むにつれて次第に胸が締め付けられる。匡介も彦九郎も目指すのは戦を終わらせることなのに、自分が組んだ石垣で、自分の作った鉄砲で、人が死んでゆく。自分たちこそが戦火を大きくしているという事実。矛も楯も、己の中に抱える矛楯(むじゅん)に苛(さいな)まれるのである。
 その矛楯の行き着く果てはどこなのか。答えが出たとき、物語のすべてが最初からそこに向けて構成されていたことに気づき、溜息(ためいき)が漏れた。石垣のように緻密(ちみつ)に組まれ、石垣のように強固な要を持つ物語である。その石垣の隙間から染み出す熱が読者を搦(から)めとる。
 戦国の技術立国・近江を舞台に職人の技術と信念を描いた、読み応え満点の歴史小説だ。お見事。
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いまむら・しょうご 1984年生まれ。作家。2018年に「童神」(刊行時に『童の神』に改題)で角川春樹小説賞。20年に『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞。