ISBN: 9784130331104
発売⽇: 2021/09/22
サイズ: 20cm/417,31p
ISBN: 9784806807544
発売⽇:
サイズ: 20cm/325p
「香港政治危機」[著]倉田徹/「香港の反乱2019」[著]區龍宇
国家安全維持法の施行であらゆる領域の市民活動が衰退し、激動の渦にあった香港社会は一気に沈黙したかのようだ。しかし香港は今も動いている。時に激しく時に静かに抵抗してきた香港の歴史と今を理解するために、この二冊をぜひ読んで欲しい。
日本の香港研究の第一人者である倉田徹の『香港政治危機』は中央政府の対香港政策の変化を概観した上で、政治に無関心だった香港市民の政治的覚醒、経済的融合が進む中で生じた「中港矛盾」、中国とイギリスの駆け引きで設計された一国二制度の意図と誤算を論じ、香港の「政治化」が二〇一〇年代に進んだ要因を探る。
非民主的で強権的な植民地統治の下でも多元的市民社会を発展させてきた香港が、返還後には一党支配の論理に翻弄(ほんろう)され、さらに「新冷戦」下の国際政治に巻き込まれながら「国安法」の施行で緊迫する様子を豊富な統計やアンケート調査、文献を通して明らかにしている。
『香港の反乱2019』を著した労働問題研究者の區龍宇は活動家でもあり、逃亡犯条例改正案反対デモの多面的な性格を運動内部の「中立的な観察者ではない」立場から映し出した。同じ民主化を目指す人々が暴力の行使、中国大陸からの移民や観光客への態度、行政長官・立法会の普通選挙などに対する意見の相違で摩擦を生じさせ、時に激しくぶつかる様子を描いている。
「分裂しない」「ステージに反対」(=指導部は必要ない)という考えから、ソーシャルメディアを駆使し、自然発生的に集まっては散るという戦略が広がった。だが、この手法では民主的討議も集団的な責任も不十分だった。調整の欠如が最も過激な者に状況の統制を許すこともあった。
區龍宇は運動の挫折の背景に、民主主義を支持しない上層階級と「高尚で甘い香りがする」民主主義や自由とは無縁の下層階級の乖離(かいり)があったとも指摘する。貧富の格差が拡大していても、累進課税も年金制度改革も主要な政策論議の俎上(そじょう)には乗らなかった。
独特な歴史的文脈にあった香港は常に中国との関係性において自己を捉えざるを得なかった。伝統的な「左対右」でなく「民主主義対専制政治」の二分法にとらわれすぎた結果、社会が分裂し、民主主義を育てる土壌を豊かにできなかったのではないか。
では、この運動は間違いだったのか。いや、北京は香港のあらゆるハードウェアを消し去ることができても、香港人の思索の過程を消し去ることはできない。香港人がこの記憶を不断に更新する限り、「中国式」統治との歴史的闘争は続いていくのだろう。
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くらた・とおる 1975年生まれ。立教大教授(現代中国・香港政治)。『中国返還後の香港』など。▽Au Loong-Yu 1956年生まれ。香港出身の労働問題研究者、社会運動活動家。『香港雨傘運動』など。