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桑田佳祐「ポップス歌手の耐えられない軽さ」 奥深い雑談、時代に抗う錨に

 本書のもととなる連載は、二〇二〇年の正月から、週刊文春ではじまっている。いつもの年明けを迎えたのち、あれよという間にパンデミックとなり、世界じゅうのだれも彼も、体験したことのない日々を送ることとなった。そんななかで書き続けられた文章である。桑田佳祐さんは軽やかな言葉で、音楽について、映画について、時代の変遷について、日本という国の個性について自在に語りまくる。ご本人の音楽と同様に文章もリズミカルで、ラジオ番組を聴いているような心地よさがある。

 読んでいると不思議な幸福感に包まれる。その理由を考えて、雑談の快感だと思いあたった。気の合う人と顔を合わせて、くだらないことで笑い、不寛容になっていく時代を嘆き、変わらず好きでいられるものを賛美し合う。パンデミック以後、私たちが以前のようにできなくなったことのひとつだ。

 さらには雑談の奥深さをも思い知った。かように、各方面において博識、かつそれぞれに独自の解釈を持つ人の雑談こそが、雑談の神髄だ。和歌と歌謡曲、ロックと邦題の妙について、しばし私も思いを馳(は)せ、思いを馳せるその時間の、なんとゆたかなことだろうと実感した。

 まだ高校生のとき、私は桑田佳祐さんの初のエッセイ&歌詞集を読み、ある文章に感銘を受けて日記に書き写した。それとほぼ同じ文章がこの最新刊にもあって、感動した。「お互いにとってサザンは、『バンド』であり、『グループ』である以上に、大切な『家族』なんだと思う」。表現は違うけれど、四十年近く前に私が書き写したのも、サザンの仲間についての一文だ。

 年齢をどれほど重ねても、好きでいられるもの、愛すべき人たちの存在が、この早急な時代の流れに抗(あらが)いうる強い錨(いかり)になると、この一冊は教えてくれる。同時に、私たちにとって、サザンオールスターズの桑田佳祐そのものが、昭和から令和へと続く時代に下ろした錨でもあると、気づくのである。=朝日新聞2021年12月4日掲載

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 文芸春秋・2500円=4刷3万3千部。10月刊。「ネットだけでなく書店でも予約が入るのは最近では珍しい。ファンが心待ちにしていたようで、国民的人気ぶりを実感」と担当者。