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「頭山満」書評 暴力性の半面で義俠心も苦悩も

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月11日
頭山満 アジア主義者の実像 (ちくま新書) 著者:嵯峨 隆 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480074331
発売⽇: 2021/10/07
サイズ: 18cm/254p

「頭山満」 [著]嵯峨隆

 頭山満(とうやまみつる)の名には、さまざまなイメージが重なっている。近代日本の国権主義者として軍事の持つ侵略性や暴力性を代置させられている感が強い。あるいは明治期の民権主義者が国権化したときの代表的人物という見方も一般的である。
 本書はそのような見方に再検討を加えてみようとの試みの書である。その人生をなぞりながら、個々の事件、事象の中で頭山が果たした役割を丁寧に見つめ分析している。頭山の軌跡の中に近代史に名を刻む人物の素顔が活写され、興味深い表現もうかがえる(5・15事件の遺族である犬養道子さんへの愛情など)。本質的にこの「豪傑」は日本的感性の持ち主というべきなのかもしれない。
 安政の生まれで、福岡藩の空気の中で少年時代から私塾で漢籍に触れ、やがて西南戦争、自由民権運動に関心を持ち、1879(明治12)年、仲間と玄洋社を設立する。当初は尊皇主義の民権論者と自称していた。日本の天皇道を世界に流布することが目的というのである。ただ、玄洋社社員が大隈重信外相を襲うなどのテロ事件も起こすので暴力のイメージが被(かぶ)せられた。
 頭山のアジア提携論は、「日本と中国を中心とし、そこにインドを加えようとするもの」であった。日中関係を互恵平等と見ていたわけではないようだが、孫文、黄興らとの交流、蔣介石との会談、そしてボースを助ける義俠(ぎきょう)心などを見ていくと、アジア主義者の一つのタイプが浮かんでくる。著者の示す視点で興味があるのは、国粋的な独善の思想を踏まえつつ人間的懊悩(おうのう)に触れていることである。
 日中戦争に悩む姿、あるいは5・15事件で長年の同志である犬養毅首相が撃たれるのを防げなかった心中の苦しみが書かれていることは、頭山の歴史的位置づけに大きな意味を持つ。本書の最終ページを閉じた後の率直な感想は、この人物もやっと歴史の年表の中に収まったという感がするということだ。
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さが・たかし 1952年生まれ。静岡県立大名誉教授(中国政治史、政治思想史)。著書に『アジア主義全史』など。