- 11の秘密 ラスト・メッセージ
- あなたとなら食べてもいい 食のある7つの風景
- おいしい文藝 にっこり、洋食
年末年始は絶好の読書チャンス! とはいうものの、なにかと忙(せわ)しなく大作に挑むのは難しいという現実もある。今回は、そんな時こそ手に取って欲しい、アンソロジーを3冊選んでみた。『11の秘密 ラスト・メッセージ』は実力派女性作家が筆を競う、贅沢(ぜいたく)な全編書下(かきお)ろし。執筆陣のグループは「アミの会(仮)」と名付けられていて、これまでにも「捨てる」「隠す」「初恋」など様々なテーマで異なる出版社からアンソロジーが刊行されている。
今回の読みどころは、そのテーマの奥深さ。誰が、何を、どういった手段で「最後に伝えたい」のか。発想自体に驚かされる近藤史恵「孤独の谷」、戦中の樺太から現在の新潟へと届けられた想(おも)いに胸が熱くなる永嶋恵美「キノコ煙突と港の絵」、書き手がリレー形式で変わっていく日記と手紙などから奇跡が浮かび上がる新津きよみ「十年日記」。「ラスト・メッセージ」とはいえ、心憂いとも感涙必至とも限らず、ミステリー的な驚きも大いに楽しめる。
今年『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した町田そのこの書下ろしを含む『あなたとなら食べてもいい 食のある7つの風景』は、しみじみ「うまい」と唸(うな)る作品が並ぶ。
田中兆子「居酒屋むじな」は、廃屋と間違えられるほどみすぼらしい店について一人称で語られる。心が浮き立つ親しみやすさとは無縁の、けれど得難い大切な場所――味わい深い一編だ。ドラマの撮影現場が舞台となる遠藤彩見「消えもの」は、クライマックスシーンで使われるホテル名物のエクレアが消えたことに端を発し、切実で意外な真相へと着地する。語り手を担う無名俳優の乾いた魅力も印象的だ。
池波正太郎、久住昌之、平松洋子、村上春樹など32人の食エッセイを収めた『おいしい文藝 にっこり、洋食』は昭和に書かれたものも多く、美味(おい)しさと同時に懐かしさも堪能できる。
池波が戦前、資生堂パーラーで食した「チッキンライス」七十銭。山本一力が昭和三十年代に買っていたコロッケはひとつ五円。東海林さだおはロースハム、レタス、ホワイトアスパラガスで構成される「ハムサラダ」を超高級品ばかりで〈皇室御用達クラス〉の一品だったと語る。興味深いのは森茉莉で、近所の肉屋で二食分として毎日十個のコロッケを購入し、たっぷりのバターでいため煮にして手製のトマトソオスをかけて食すと記している。量的にもカロリー的にも恐ろしくなるが、獅子文六は横浜・西洋亭の料理を十三皿食べたことがあるという。
未知なる作家との出会いだけでなく、自分の好みを知ることで、読書の幅も広がるアンソロジー。お試しあれ!=朝日新聞2021年12月22日掲載