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高校生へ 損得で言ったら、読書が絶対におトク! 小説家・今村翔吾さん@和歌山県立田辺高校

夢をつかみにいってほしい、そんな願いを熱く語った今村翔吾さん

小論文は「しょっぱなで、かます!」

 和歌山県立田辺高校にやってきた作家の今村翔吾さん。集まったのは図書委員会と図書部のメンバーが中心と聞いて、「委員会と部とどう違うの? 対立してんの? 図書館戦争?」と笑いを誘い、授業スタート。京都生まれで現在は滋賀を拠点にしている今村さんは、同じ近畿圏の親しみからコテコテの関西弁で話しだした。

 「僕はみんなと同じ高校生のとき、金髪で無精ひげのヤバい見た目で成績もよくなかった。でも、論文系の試験では落ちたことないんよ。『論文無双』やったな」

 そんな論文無双が「勝てる小論文の書き方」をレクチャー。たとえば、「地球環境を守るために、CO2削減についてあなたの意見を述べよ」というテーマだったら?

 「受験の場合、採点する人は何百何千という小論文を読む。『ボクはプラスチックを海に捨てません』なんて出だしやと、はいはい、またこのパターンね~と思われておしまい。僕やったら最初の1行をこう書く。『僕は地球環境が壊れてもいいと思う』」

 今村さんいわく「しょっぱなで、かます!」。こいつヤバいんちゃう!?とガツンとかましておいて、そこから結論につなぐ論を展開していくという。たとえばこんな具合。

 「私は100年後の地球に生きていない。だから100年もってくれさえすればいい。そのあとは地球環境が壊れても知ったこっちゃない」

 「でも、石油や原子力などエネルギー問題、プラスチックの問題など、このままだと私の利己的な100年すら守られそうにない」

 「私のような人間ばかりだと目先の10年、20年も地球はもたないかもしれない。私は考えを改めなければならない。そのためには何をすべきか……」

 「そっか」「なるほど!」と大きくうなずく生徒たちに、「僕はこれを本から学んだ」と今村さん。小説も出だしがおもしろくないと読者は脱落してしまう。読み手としての実感があるから、書き手としての今村さんは「しょっぱなに全力を尽くす」というのだ。

 「最初の数行、数ページはめっちゃ気合入れる。ラストも頑張る。昔の人はよう言うたもんで『終わりよければすべてよし』。正直、真ん中らへんはまぁまぁしか力入れへん(笑)。ずっと全力やと作家もつらいし読者もしんどいから。ただ、どう結論につないでいくかは発想力が必要。発想力を身につけるには本を読むのがいちばん効果的。そういう意味でも、なんでも吸収できる高校生の今、たくさん本を読んでほしい。損得で言ったら、その方が絶対におトク!」

昨年度に引き続き、新型コロナウイルスへの感染防止対策をしながらのオーサー・ビジットとなった

「オレが直木賞とったらどうする?」

 小学5年のとき、古書店で運命的に出会った池波正太郎作『真田太平記』を全巻読破して以来、時代小説に夢中になり、筋金入りの読書家になった今村さん。読書歴は30年を超えるが、作家としてはまだデビュー5年目。しかし、すでに25タイトルの本を世に出し、名だたる文学賞を手にしている。まさに彗星のごとく文壇に登場した気鋭の作家だ。ここにたどり着くまでの自らの半生を語り始めた。

 中学生のころには「将来は小説家になる」と宣言していた。その夢を抱き続け、しかし1本の小説も書いたことがないまま、実家が営むダンス教室で講師として働いていた。

 「子どもたちにダンスを教えながら、『オレが直木賞とったらどうする~?』なんてちょけて(ふざけて)た」

 30歳を迎えた秋。教え子の中に家出を繰り返す高校生がいた。母親から頼まれその少女を迎えに行ったとき、「やりたいことないんか? 夢があるんなら諦めずに挑戦したほうがいいぞ」と語りかけた。励ましたつもりだった。ところが少女がつぶやいた言葉に、今村さんは打ちのめされる。

 「翔吾くんこそ夢を諦めてるくせに」

 30歳になったら勉強しよう、35で書き始めて40になったら文学賞に応募して、50になったら、60になったら……。「その子が言うように、俺は自分に言い訳しながら、実はとっくに夢を諦めていたと気づいた」

気取りのないぶっちゃけトークに生徒たちの緊張もほぐれる

 改めて自分を、自分の人生を見つめ直した。数日後には父親に仕事を辞めたいと伝え、初の小説を4日間で一気に書き上げた。その処女作が地方の文学賞をいきなり受賞。その後、人気作品を次々と世に出し、2019年、2020年と2年連続で直木賞候補にもなった(※授業の翌月、『塞王の楯』で3度目の候補に選ばれた。選考会・発表は1月19日だ)。

 「よく『才能があるんですね』って言われるんやけど、いや、才能やなくてオレめっちゃ頑張ってるで!って」。努力に努力を重ね、30歳を過ぎてからでも夢はかなうと自分の人生をかけて証明した今村さん。その姿が届いたのだろう、あのとき家出した高校生はその後、夢をかなえたという。

夢はかなう ギリギリまで全力を出して追いかけて

 受験を控えた3年生、これからの進路を決めなければいけない1年生や2年生。人生のひとつの選択を迫られる目の前の生徒たちに、今村さんはこう語りかける。

 「将来の夢ややりたいことのために行きたい学校がある、でも今の自分の実力では届かないかもしれない――。そういう状況にあったとしても最後の最後まであがいてほしい。人生や人との縁は自分の力でいくらでも前向きにできるんや」

 「夢はかなう」。ともすれば口にすることすらはばかられる今の日本。今村さんは「言う人がいなくなるんやったら、オレが言い続けようって思う」とし、こう語った。「自分のギリギリまで全力を出して夢を追いかけてほしい。そうじゃないと自分が納得できず、次の夢が見られなくなるから」

 この流れを受け、今村さんは自らの「次の夢」を発表!

 「1年以内に直木賞を取ります。あ、僕が今日こう言うてたってSNSに投稿するのは受賞してからにしてな」。会場は爆笑に包まれる。
そして、その目標に向かい精力的に作品を生み出し続ける今村さんに、生徒からは「モチベーションはなんですか?」と質問が飛んだ。

 「小説が売れることはうれしいしありがたいけど、正直モチベーションにはならない。それよりも、こうやってみんなに話しているときの方が僕は僕らしい気がするんや」

 そう答え、オーサー・ビジットのように全国の学校や施設を訪ね、話したりコミュニケーションしたりすることも「次の夢」と語った。

授業を終え、生徒たちに花束を贈られた今村翔吾さん

 「ダンス講師として子どもに向き合ってきた以前の人生を無駄にしたくない。そして、作家としてのこれからの人生は、誰の人生ともかぶらない生き方をしたい。小説を書くこと、話すことを通じて、自分が生きている意味を誰かに伝えることが、僕にとっては一番のモチベーションかもしれへん」

 念願の直木賞を受賞したら、大型のバンで全国津々浦々の学校や施設をまわると宣言した今村さん。

 「そのときは呼んでな。いや、呼ばれなくても勝手にくるわ(笑)。また夢の話をしよう!」