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「帝国のヴェール」 見えぬ障壁の向こうにある抑圧 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月15日
帝国のヴェール 人種・ジェンダー・ポストコロニアリズムから解く世界 著者:荒木 和華子 出版社:明石書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784750352954
発売⽇: 2021/11/18
サイズ: 19cm/378p

「帝国のヴェール」[編著]荒木和華子、福本圭介

 私が台湾出身だと知って、どうして日本国籍にしないの? 改名して日本人になればいいのに、と言った人がいた。旧植民地にルーツを持つ者を相手に、帰化すれば日本人になれる、と言ってのける「暴挙」を「暴挙」とは認識していないらしい「日本人」を前にして不穏な心境に陥りつつも私は、同化政策として「創氏改名」を他者に強いた自国の歴史に頓着せずにいられる相手を不勉強だと頭ごなしに否定する気にはなれなかった。立場が逆なら、私のほうが相手にそう言った可能性がある。
 こんな経験のたび、「帝国であった過去」の未来である現在の日本で未(いま)だに何度も繰り返される「東アジアの『終わらない植民地主義』」から「脱却するヴィジョン」を、この国の多数派である日本人と共に模索することへと私は強く駆り立てられる。
 それを大いに助けてくれるのが、世界を「人種・ジェンダー・ポストコロニアリズムから」解きほぐす本書である。
 国籍、居住地、性別などが多岐にわたる執筆陣が、アメリカの黒人運動やクィア理論、戦前の朝鮮半島、沖縄、水俣、「裏日本」と括(くく)られた日本海側諸地域などを対象に、「人種、ジェンダーなどによる見えない障壁、ヴェールを土台に自らを構成」する「帝国」の起源と、未だに強大かつ禍々(まがまが)しいその影響力を、複数の角度――歴史学、文学、ポストコロニアル研究等――から考察する論考集。
 「ヴェール」化した帝国に覆われているものに目を凝らした時、暴かれるのは、「中心」が「周辺」を搾取することで成り立っている経済システムや社会構造と、それに因をなす特定の層による富の占有と貧困の固定化だ。どの論考も、「聴かれるべき声が一人でも多くの人に聴かれ、語られるべきストーリーが少しでも多く語られ」るためには、私たち一人ひとりが様々な「ヴェール」の存在に敏感であらねばと思わせる。
 本書の幕開けとして「序文」を飾るデスティン・ジェンキンズとジャスティン・リロイによって主張された「人種資本主義」という視座は特に重要だ。「人種的に中立と思われてきた資本主義の原型が、実は徹底的に人種化されているという認識」への道筋は、「人間を抑圧しつつ、それを隠蔽(いんぺい)するもの」としての「ヴェール」がいかにして巧妙に創りあげられてゆくかという本質をまざまざと教えてくれる。
 ヴェールを捲(めく)るようにカバーを外すと、編者の一人が撮影した「埋め立てが強行されている辺野古の海とそこへの立ち入りを禁じるフェンス」のモノクロ写真の表紙が現れる。
   ◇
あらき・わかこ 新潟県立大准教授。ジェンダー・人種の視点からアメリカ史を研究▽ふくもと・けいすけ 新潟県立大准教授。インド独立運動で非暴力による脱植民地化を目指したガンジーの実践などを研究。