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町田康が断酒に向き合う「しらふで生きる 大酒飲みの決断」など稲泉連が薦める新刊文庫3冊

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『しらふで生きる 大酒飲みの決断』 町田康著 幻冬舎文庫 737円
  2. 『雪と人生』 中谷宇吉郎著 角川ソフィア文庫 880円
  3. 『テヘランでロリータを読む』 アーザル・ナフィーシー著 市川恵里訳 河出文庫 1672円

 30年間にわたって「酒を飲むこと」を中心に生きてきたという作家の町田康氏。(1)はある日、突如として酒をやめようと思い立った彼が、それからの“理由なき断酒”の日々を綴(つづ)る。内なるもう一人の自分と激論を交わすうち、堂々巡りする怒濤(どとう)の思索。断酒によって生じた心の空白。言葉がもつれ合う中でいつしか浮き彫りになるのは、人が人であることの寂しさであった。心身の変化を執拗(しつよう)に見つめ、懊悩(おうのう)する姿が身に沁(し)みる。

 (2)の著者・中谷宇吉郎は、世界で初めて人工雪を作った物理学者。大学時代に師事した寺田寅彦と同様、名随筆家としても知られた。本書に収められた17編の随筆を読むと、なるほど、北国の風土を描く追憶や紀行文の清冽(せいれつ)さに心惹(ひ)かれる。とりわけ雪の結晶作りの研究について書いた「雪を作る話」などは、実に味わい深い珠玉の一編だろう。〈六華〉の雪の結晶の美しさを綴る端正な筆致から、著者の目に映る世界のきめ細かさがありありと伝わってくるようだった。

 (3)は、1979年の革命後のイランで、ヴェールを拒否して大学を追われた著者が、有志の学生とともに密(ひそ)かに行った読書会の記録。ナボコフの『ロリータ』を筆頭に、フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』などを読む女性たちは、なぜ危険を冒してまで読書会に集ったのか。過酷な迫害の現実に身を置く人々の、「読むこと」でしか救われ得ない何事かが浮かび上がる。文学というものの底知れない力を教えられた。=朝日新聞2022年1月15日掲載