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見事に蘇った「ママ振」 湊かなえ

 娘の成人式が無事終わりました。

 振り袖の準備を始めたのは、昨年秋頃から。購入しようか、レンタルしようか、とネット検索をしたり、頻繁に届くカタログを眺めたりしましたが、やっぱり私の振り袖がいいな、と思いました。

 祖母が買ってくれたもので、赤地に鳳凰(ほうおう)と花の模様が入った縁起の良さそうなデザインなので、結婚式のお色直しでも着用し、私の人生の節目を二度彩った振り袖です。成人の日とは、子どもの門出を祝う日であると同時に、子どもを送り出す、私の記念日にもなるのではないか。

 娘に相談したところ、お母さんにまかせる、との返事が。赤色を着たかったから丁度(ちょうど)いい、と言われたものの、親孝行の気配も少々。

 そうと決まれば、お母さん頑張るよ!と、はりきって収納庫から着物を出したところ、絶句。模様の部分の金や白の塗料が溶け、畳んだ状態で固まっているのです。これはダメだ、とあきらめかけたものの、怒られるのを覚悟で、地元の着物手入れ店に持って行くことに。すると、優しそうなご主人が、頑張ってみます、と笑顔で応じてくれるではありませんか。日頃、神対応など、安易に「神」と表現することに抵抗があることも忘れ、「神様!」と胸の内で叫び、着物をお預けしました。

 その間、私は小物選びに取り組みます。母親の振り袖は「ママ振(ふり)」と呼ばれるらしく、古く見えないためのコーディネイトの特集ページが、季節柄、ネットでたくさん組まれていました。半襟、重ね襟、帯揚げ、帯締め、髪飾り……。頭痛がするほど考え込んで、注文を。

 そして当日。これぞ職人技、と感服するしかないほど見事に蘇(よみがえ)った振り袖を、地元の老舗の美容室で、こんな帯の結び方があるのか、と痺(しび)れるほどにカッコよく着付けてもらった娘を、式の会場前に送り届けることができました。晴天の広場に集う新成人の姿を見て、この日を迎えられた喜びに、ひっそり涙を流したのは、私だけではないはずです。=朝日新聞2022年1月19日掲載