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時代に抗い、切り開いた道 末國善己さん注目の歴史・時代小説3冊

  • ボタニカ
  • 剛心
  • らんたん

 デビュー作『実さえ花さえ』以来、植物への思い入れが強い朝井まかての『ボタニカ』は、満を持して植物学の大家・牧野富太郎に挑んだといえる。

 土佐の素封家に生まれ、独学で植物の研究を続けていた富太郎は、東京帝大の矢田部良吉らに認められ研究室の資料を自由に使えるまでになる。叩(たた)き上げで在野の研究者だった富太郎は、アカデミズムから批判されたこともあったが、諦めず好きな研究を続けた。

 高い本や道具を買い過ぎ家業を傾かせ、金銭援助を申し出た恩人とトラブルになった富太郎の意外な一面も面白く、研究以外に興味がなかったから偉大な業績を残せたこともよく分かる。

 富太郎が資金難と戦いながら研究を続けたところは現代の研究者の苦労と重なり、研究に実利的な成果を求める風潮に抗(あらが)ったところは、経済効率を優先する日本の現状への批判に思えた。

 技術を題材にした『光炎の人』を発表している木内昇の『剛心』は、日本勧業銀行本店や日本橋などを手掛けた建築家・妻木頼黄(よりなか)を主人公にしている。

 幕臣の子として生まれ、アメリカに留学し、ニューヨークの建築事務所で働いた経験を持つ妻木は、東京に西洋建築の官庁街を作る部署に配属され、設計担当のヘルマン・エンデに学ぶため同僚や職人とドイツに派遣される。

 ドイツで最新の建築技術を学んだ妻木だが、高温多湿で地震が多い日本で磨かれた技術にも敬意を払い、何より無秩序に建てられた西洋建築で東京の美しい街並みが失われていくことを嘆いていた。自身の主張を抑え周辺の景観や環境に馴染(なじ)む建築物を造ることを心がけた妻木の考え方は、土地の歴史や住民の意向を軽視したまま進むケースも珍しくない現代の再開発を見直す切っ掛けを与えてくれるのである。

 柚木麻子『らんたん』は、女性教育家の河井道と教え子の渡辺ゆりを軸に近代史を女性視点で読み替えている。

 女学校を設立したサラ・クララ・スミス、新渡戸稲造と妻のメアリーらの薫陶を受けブリンマー大学に留学した道は、上級生が下級生に灯籠(とうろう)を渡す儀式を見て、男女同権を実現するため「らんたん」を灯(とも)す活動を始める。

 女性が不幸になる『不如帰(ほととぎす)』を書いた徳冨蘆花、承認欲求が強い有島武郎らが皮肉られているが、本が好きなら親しみやすくユーモラスなエピソードを通して、女性を抑圧してきた近代日本の状況を活写した手法も鮮やかだ。

 道たちの活動で日本の男女同権は進んだが、まだ世界と比べるとジェンダーの平等は実現されていない。本書を読むと、先人たちが消さなかった「らんたん」の灯を、どのように受け継ぐべきかを考えてしまうのではないか。=朝日新聞2022年1月26日掲載