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「黛家の兄弟」書評 あらゆる選択に潜む一片の真理

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月05日
黛家の兄弟 著者:砂原 浩太朗 出版社:講談社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784065263815
発売⽇: 2022/01/13
サイズ: 20cm/410p

「黛家の兄弟」 [著]砂原浩太朗

 前作『高瀬庄左衛門御留書』が高い評価を得た砂原浩太朗。同じ架空の藩・神山藩が舞台の本作は、若き武士の成長物語である。
 藩の筆頭家老を務める黛家の三男、17歳の新三郎が主人公。道場仲間との交流や淡い恋など青春の日々を送っていた新三郎だが、大目付の黒沢家へ婿入りすることが決まった。
 ところがある日、黛家の将来を揺るがす大事件が起きる。その陰には筆頭家老の地位を狙う漆原内記の策略があった――。
 正義が権力者に潰される悔しさ、理不尽さ。今もどこかで起きているような構図が読者の胸を抉(えぐ)る。
 その新三郎がこれからどうするのかと身を乗り出したところで、物語が13年後に飛んだから驚いた。さらに黒沢家を継いだ30代の新三郎の〈今〉に、読者は再度驚かされることになる。
 この空白が巧(うま)い。書かれないからこそ、読者は想像するのだ。13年前の〈積み残し〉はどうなったのか、新三郎が今のような大人になるまで何があったのか。
 その空白が紐解(ひもと)かれる終盤は逆転に次ぐ逆転で何度も息を呑(の)むこと請け合い。細やかな伏線が幾つも仕込まれ、後半に効いてくる。本書は実に秀逸な時代ミステリーでもあるのだ。
 その謎が解けたとき、新三郎と黛家が背負ってきたものが一挙に眼前に表れ、胸が震えた。人は大人になる過程で多くの選択に向き合う。選ばなかった未来を思って悔やむこともある。新三郎だけではない。こうするしかなかった人、これが正しいと信じて進む人、迷う人、従容として運命に向かう人、足搔(あが)く人。著者は人のあらゆる選択と生き方を提示し、その中に潜む一片の真理を拾い上げる。
 それが、終盤にある人物が新三郎に「よき政とは、なんだと思う」と問いかける場面だ。その答えを、ぜひ本書で確認願いたい。
 興奮の末の爽快な決着。清々(すがすが)しさの中に混じる一抹の寂寥(せきりょう)。いつまでも心に残る絶品の時代小説である。
    ◇
すなはら・こうたろう 1969年生まれ、作家。『高瀬庄左衛門御留書』が山本周五郎賞と直木賞の候補に。