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「おせん」名調子と雪岱で江戸情緒に浸る

 書物には手に取る楽しさ、紙を繰る指先の快感がある。まして凝った造りで、中身が面白く、極上の挿絵多数なら言うことはない。

 『おせん』(邦枝完二、小村雪岱〈せったい〉著、真田幸治編)はそんな一冊である。90年近く前、東京朝日新聞の夕刊に連載された小説を挿絵と共に復刻した。漢字や仮名遣いは読みやすく改めている。

 江戸の評判娘おせんと人気役者の悲恋の物語で、たわいないと言えばそれまでだが、おせんにほれた若旦那や絵師、金をせびるやくざな兄など入り乱れ、隅田の流れに市井の暮らし、江戸情緒もたっぷりに名調子で一気に読ませる。

 邦枝自ら「雪岱画伯が腕の冴(さ)えは心憎くも有難(ありがた)く」と書いている通り、連載時の人気は雪岱の絵に負うところも大きかった。編者は装丁家にして雪岱研究家、本書に全6章の充実した解説を付している。本作の出自から雪岱の来歴、映画化された「おせん」まで、子細な案内は雪岱ファンにはたまらない。ある論考の一文の正誤を追うくだりなど、研究家ならではの仕事だろう。(福田宏樹)=朝日新聞2022年2月5日掲載