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「戦争の文化」 痛恨と憂国 日米に共通する過ち 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月19日
戦争の文化 パールハーバー・ヒロシマ・9.11・イラク 上 著者:ジョン・W.ダワー 出版社:岩波書店 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784000614856
発売⽇: 2021/12/07
サイズ: 20cm/357p

戦争の文化 パールハーバー・ヒロシマ・9.11・イラク 下 著者:ジョン・W.ダワー 出版社:岩波書店 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784000614863
発売⽇: 2021/12/07
サイズ: 20cm/358,7p

「戦争の文化」 [著]ジョン・W・ダワー

 敗戦後の占領期日本を日米双方から描いた『敗北を抱きしめて』で知られたアメリカの歴史家が、9・11同時多発テロからイラク占領末期までの自国の戦争政策の過誤を慨嘆し、強く戒める。その根底に痛恨と憂国の念がある。
 9・11テロの直後、グローバル化の好景気に浮かれていた米国社会の機運は一変し、湧き上がる「USA!」の怒号に気おされてリベラル論壇はことごとくうつむいてしまう。その翌年、「悪の枢軸」演説でイラク侵攻への扉を開いたブッシュ政権は1年後の電撃的攻略でフセイン政権をあっけなく駆逐。そこで始まったイラク占領では、著者を含む米国の日本研究者がこぞって異論を唱えたにもかかわらず、過去の日本占領の“成功体験”がこれみよがしに引き合いに出されたのである。
 マンハッタンの世界貿易センターへの打撃は、当時、日本軍の真珠湾奇襲になぞらえられた。しかし著者は軍事的には「ほとんど共通点がない」という。むしろ一般人を故意に標的にした点で、9・11テロに対しては日本の諸都市に米軍が加えた焼夷(しょうい)弾爆撃と「ヒロシマ」が共通する。また「ほとんど犯罪的過失」というべき粗雑な情勢認識にもとづいた対イラク開戦と、「敵の心理や能力を考慮に入れなかった」真珠湾攻撃が並び立つ。
 9・11テロで聞かれた「グラウンド・ゼロ」(爆心地)という言葉や、イラク侵攻時の「衝撃と畏怖(いふ)」という作戦名に注目しながら古今の日米双方に共通する「戦争の文化」を浮かび上がらせる著者の視点と方法は、主著『容赦なき戦争』に続くものだ。しかし筆致ははるかに苦い。根底にあるのはまるで占領政策が民主社会へと日本を善導したかのように語るアメリカ的傲慢(ごうまん)さへの反発と、他方、自力で戦後復興をなしとげて経済大国に達したにもかかわらず、いまなお「アメリカの属国という自己イメージ」にとらわれる日本社会へのもどかしさ、その二重のやりきれなさだろう。
 本書は当初、9・11後の好戦機運への応答を手早く小著に書く計画だったらしい。しかしイラク戦争が強行されたため分量は原著で約600頁(ページ)、刊行もブッシュ政権後の2010年に繰り越された。
 いまはそれからさらに十余年。その間、既に三つの政権にわたりながら、みなが「グループ思考」に便乗して「破滅の危険を予知できな」くなる党派的傾向も、批判を排除して「傲慢と一体となった希望的観測」に執着する事実否認も、むしろ強まっている。最後に著者がいう「建設的な変革と、しっかりと根を張った平和の文化」への期待と信頼は、あまりにも危うい。
   ◇
John W.Dower  1938年生まれ。米マサチューセッツ工科大名誉教授。日本近代史・日米関係史。著書に『吉田茂とその時代』『昭和』『忘却のしかた、記憶のしかた』『アメリカ 暴力の世紀』など。