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小池真理子「月夜の森の梟」 言葉の「絵」に見るかなしみ

 二〇二〇年一月、作家の藤田宜永が亡くなった。妻は本書の作者で、二人は婚姻届を出す以前から数えれば、三十七年の月日をともに過ごした。仲が良かっただけではない。激しくののしりあうこともあった。しかし、藤田の作品の題名にもあるように「愛さずにはいられない」、そんな二人だった。

 本書に収められた作品は亡くなった年の六月から一年にわたって朝日新聞に連載された。旧知の記者からの誘いだったが、当初作者は「その種のもの」は書けないと思う。しかし、いつしか今の「心の風景」を描きたいと感じるようになった。

 生まれた作品は、作者が感じたようになった。この作品は、世に多くある「その種のもの」ではなく、言葉で描かれた「絵」になった。読者はそこに作家の語りだけを読むのではない。彼女の心のなかにある言葉にならない「かなしみ」をありありと見るのである。

 大切な人を喪(うしな)う。当初は周囲も慰めるが、いつしか励ましの声が集まるようになる。作者はそうした行為がいかに痛ましい心情を引き起こすかをめぐってこう記している。「言葉にならない気持ちを理解されたいと願えば願うほど、真の理解は得られず、哀(かな)しみが深まっていくことはよくわかっている。だから何事もなかったようにふるまう。笑ってみせる」

 同じ経験をした人は少なくないのだろう。連載中から反響は小さくなかった。しかし、もっとも熱く作者の思いを受け取った人たちは、「言葉にならない」おもいを胸にだまって彼女の言葉を抱きしめていたのかもしれない。

 この本には「かなしみ」から癒える方法は記されていない。ただ、誰かを愛するということは「かなしみ」を育むことにほかならないという人生の不思議は描かれている。そして「愛しみ」と書いても「かなしみ」と読むように誰かを愛することの重みは本書を貫く不可視な流れになっている。=朝日新聞2022年2月19日掲載

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 朝日新聞出版・1320円=7刷8万部。昨年11月刊。担当編集者によると、主に40~80代の中高年女性から共感の声が寄せられたが、次第に幅広い世代に読まれてきているという。