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「カルピスをつくった男」など稲泉連が薦める新刊文庫3冊

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『カルピスをつくった男 三島海雲』 山川徹著 小学館文庫 858円
  2. 『魂の秘境から』 石牟礼道子著 朝日文庫 858円
  3. 『清張鉄道1万3500キロ』 赤塚隆二著 文春文庫 869円

 日本人の誰もが知る国民的飲料「カルピス」。(1)はその生みの親・三島海雲の知られざる生涯を描く。僧侶、日本語教師、大陸に渡った行商人――様々な横顔を持つ三島は、会社よりも国民の健康を考える「国利民福」の理念を説いたという。では、その彼を突き動かしたものとは何だったのか。著者はあらゆる資料を捜索し、「初恋の味」と呼ばれるこの乳酸菌飲料のルーツ・モンゴルへの取材も敢行。三島の探検者としての一面を浮き彫りにしつつ、その後ろ姿を真摯(しんし)に追った。

 (2)は4年前に亡くなった石牟礼道子さんの遺作。語りによって描かれる多くは、幼少の頃の水俣での記憶だ。〈魂が遠ざれきする〉という言葉が印象に残った。遠ざれきとは、〈どことも知れず、遠くまでさまよって行く〉との意味という。夢と現(うつつ)の境を行き来するような渚(なぎさ)の情景に、ときおり近代社会への鋭い批評やユーモアが溶け合う。海を汚すということは、〈わたしたちの魂が還(かえ)りゆくところを失うということ〉だという言葉が胸に刺さる。

 (3)は松本清張の作品世界に一風変わった視点から光を当てた一作。「JR全線走破」をした元新聞記者の著者は、清張作品の登場人物が鉄道に乗る場面だけを収集。「鉄道乗りつぶし」の要領で〈清張鉄道会社〉の路線図を作っていく。読み進めていると、作家の見た「時代」の移り変わりや庶民の姿が、そこから確かに浮かび上がってくる。小説にはこのような読み方もあるのか、と感銘を受けた。=朝日新聞2022年2月19日掲載