ISBN: 9784815810481
発売⽇: 2021/12/03
サイズ: 22cm/282,22p
「愛国とボイコット」 [著]吉澤誠一郎
本書は一九〇八年の第二辰丸事件から東南アジア華僑による対日ボイコット、二十一か条の要求への反対運動、五四運動、旅順・大連回収運動、一九二五年の五卅(ごさんじゅう)運動にまで至る日本に対する抗議運動の歴史的性格を考察している。
これほど重層的かつ開放的に歴史を描くことができるのかと感嘆させられた。次から次に問いが立てられ、史料や先行研究に真摯(しんし)に向き合い検証を続ける。
日露戦争後、勢いを増す日本に対し清朝、中華民国は苦しい対応を迫られる。対日ボイコットは外交案件が原因のように見えるが、運動への問題関心や利害関係は学生、大企業、小規模自営業者、外交官などの社会層、地域によって異なっていた。さらに知識人は様々な思想的観点から論評を加え、メディアの報道は輿論(よろん)を刺激する。
一九二〇年代には国民党と共産党が愛国運動を通じて党勢を伸ばそうと試みた。人々の主観的な危機感は宣伝によって醸成された。しかし、煽動(せんどう)の有無や愛国心の自発性の判断基準は立ち位置によって異なる。
では、どのようにしてローカルな個性をもつ運動において愛国の理念が重視され、ナショナリズムが高揚したのか。例えば、五四運動期の上海での罷工(ひこう)(ストライキ)は当初、学生が呼びかける罷市(市場の営業停止)に呼応して始まったが、工人(労働者)は愛国運動を通して「国民の一分子」になる願望を強めたと著者は見る。そうして工人は、工業関係者だけでなく運搬作業労働者も含む、二十一か条反対運動の時期より拡(ひろ)がりのある「工界」の集合意識を形成した。
日本人としての立場性ゆえ、日中関係史研究に躊躇(ちゅうちょ)し懐疑心を抱きつつも、歴史学の社会的役割を認識し、学問の普遍性を追求しようとする著者の姿勢に大きな共感を覚えた。私が関わる現代中国の研究でも、立場性を意識し、複雑な実相に目を向けることが求められている。
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よしざわ・せいいちろう 1968年生まれ。東京大教授。著書に『清朝と近代世界』『愛国主義の創成』など。