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石田夏穂さん、芥川賞候補作「我が友、スミス」インタビュー 筋トレで、私は自由な「何か」になりたい

石田夏穂さん(中野義樹氏撮影)

性差超え 求められる像とのギャップに葛藤し

 表題で「我が友」と呼びかけるのは人ではなく、バーベルを使ったトレーニング機器、スミス・マシン。作家・石田夏穂さんのデビュー作で、1月の芥川賞候補にもなった『我が友、スミス』(集英社)は、筋トレマシンを心の友として肉体改造にのめり込む女性を描いた異色の「筋肉文学」だ。

 会社勤めのかたわらジムに通い、筋トレに励む主人公・U野。ある日、その姿を見ていた有名トレーナーから、ボディービル大会への出場を勧められた。気乗りしないU野だったが、「うちで鍛えたら、別の生き物になるよ」というトレーナーの一言に胸をつかれる。

 〈そうだ、私は、別の生き物になりたかったのだ〉

 作品の核となるこの言葉は当初、「男みたいになれる」や「女じゃないものになれる」と書こうとしたという。「でも違うな、と思って変えた。自分も日常生活のなかで、男と女という二分割の枠組みではない自由な『何か』になりたい、と思うときがあって」

 U野は大会出場を決め、ますます肉体改造に精を出す。しかし、「鍛え方とは異なる審査項目」にうまくなじめない。「筋肉を美しく見せるため」の長い髪やむだ毛ひとつない肌、12センチのハイヒール。「ステージで目立つため」の派手な水着やピアス、厚塗りした化粧に満面の笑み……。

 物語の着想は、自身の経験から得た。2年ほど前から、運動不足解消にとジムに通うように。「筋トレの魅力は、自己肯定感が得られること。自分は素人筋トレの域ですが」

 ボディービルの世界に興味をもって過去の大会の動画を見てみると、一見女性らしさの対極にあるような世界でも、ジェンダー規範からは完全には逃れられないと感じた。「そこで努力する人たちを否定したいわけではない。でも、もし自分が出るとなると違和感を覚えるだろうな、と」

 作中のU野も、なりたい自分と求められる自分とのギャップに葛藤する。だが一人称の語り口はどこかひょうひょうとして、ユーモアに満ちている。「マニアックな競技でも、挑んでいるのは普通の人。共感して読んでほしくて、とぼけた感じも出した」という。

 初めて小説を書いたのは大学在学中の20歳のとき。作家・高村薫さんのデビュー作で、金塊強奪を企てる男たちを描いたサスペンス小説『黄金を抱いて翔べ』に触発された。テロリストが主役の500枚の物語を書き上げたが、公募には通らず「全然だめ」。自分が書ける話をと、市井の人たちを書くようになった。

 いまは会社に勤めながら、出勤前と休日に小説を書く。その姿は、退勤後、いそいそとジムへ向かうU野とも重なる。「筋トレも小説も、浅く長く続けることが大事。これからもマイペースに書いていきたい」(尾崎希海)=朝日新聞2022年3月9日掲載