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「我が友、スミス」書評 筋トレ極めた先に何が待つのか

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2022年03月12日
我が友、スミス 著者:石田 夏穂 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087717884
発売⽇: 2022/01/19
サイズ: 20cm/139p

「我が友、スミス」 [著]石田夏穂

 主人公のU野は筋トレ女子。日々さまざまなマシンを駆使して筋トレに励んでいる。なかでもバーベルの左右にレールがついた「スミス・マシン」が大のお気に入り。だが、彼女の通うジムにはスミスが1台しかないため、なかなか順番が回ってこない。愛しのスミスを横目に見ながら他のトレーニングをすることも少なくない。
 運動不足解消のためジムに通いはじめて1年ほどだというが、U野のトレーニングはかなり本格的。そんな彼女に目をつけた筋トレ業界の大先輩O島は、自身が立ち上げたジムにU野を勧誘する。本格的な指導を受けさせ、ボディ・ビルの大会に出場してもらおうという魂胆だ。大会出場など考えたこともなかったU野だったが、O島のジムにはスミスがなんと3台も。こうしてU野は、大会出場という大きな目標に向かって動きだすのだった。
 本作のおもしろさは、筋トレを極めることが、女を捨てる行為ではないのだとU野(と読者)が思い知らされる点にある。厳しいトレーニングを受けてムキムキになりながらも、脱毛したり、ピアスの穴を開けたり、12センチのハイヒールを履いたりする奇妙だが切実な「引き裂かれ」から目が離せない。素人にとって、筋トレは女らしさから遠ざかる行為のように思われがちだし、彼女の母親も「ムキムキにならないでよ」と言うが、実際は女らしさを極める行為なのだ。
 読者は、筋トレ業界の奥深さを覗(のぞ)き見ながら、ジェンダーの問題に思いを馳(は)せることになる。「別の生き物になりたい」「この身体で、勝ちたい」と願うU野が、大会用のボディを作り上げていく先に何が待っているのか。クライマックスの大会当日に向かってテクストのエネルギーはどこまでも高まっていく。
 とにかくU野に並走し、最後まで見届けて欲しい。そして、逞(たくま)しくなったのが彼女の身体だけではないことを言祝(ことほ)いで欲しい。
    ◇
いしだ・かほ 1991年生まれ。東京工業大卒。本作で第45回すばる文学賞佳作。第166回芥川賞候補作にもなった。