全6巻で3800ページ余。各巻に十数作の翻訳短編を選び、長大な評論を添えた。作品と評論が一体になったユニークなアンソロジーだ。
1951年まで約100年間の短編ミステリーを厳選したロングセラー『世界推理短編傑作集』(江戸川乱歩編)以降の短編を読み返そうとウェブ連載を始めた。ところが作品を選ぶうち、19世紀からの歴史をたどり直さざるをえなくなった。「ミステリーとは何かという議論は昔からあり、謎解き小説好きがハードボイルドに対し『面白いけれどミステリーじゃないよね』と言ったり、逆の立場から『謎解き小説に未来はない』と言われたり。一度、腑(ふ)分けしなければならないと思った」
中学生だった71年から早川書房の「ミステリマガジン」をなめるように読んだ。小林信彦、都筑道夫、瀬戸川猛資(たけし)らの小説や評論、翻訳が毎号のように掲載されていた。「前衛的でおしゃれでミステリーらしからぬ短編がいっぱい載っていた。何がミステリーかわからないまま、一生懸命くらいついていった」
評論では、米専門誌「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の年次コンテストなどを丁寧にたどり、傾向の変化を詳述。ディテクション(誰かが捜査する)といった独自の用語を用い、ミステリーの本質を探っていく手つきが鮮やかだ。
ウェブ連載から13年、1巻刊行から丸2年。「翻訳ものを扱ったことのない編集者がやる仕事ではないのですが、乱歩の傑作集から50年、誰もやらないからやった。ないよりはましなものはできたかな」
かつて乱歩は、謎解きが主でないのにミステリー好きの心をわしづかみにする作品群を「奇妙な味」と腑分けしてみせた。このアンソロジーもまた、ミステリーのみならず短編好きのひざを打たせるに違いない。(文・写真 野波健祐)=朝日新聞2022年3月12日掲載