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「名探偵と海の悪魔」書評 帆船で怪事件 利己心が根幹に

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月19日
名探偵と海の悪魔 著者:スチュアート・タートン 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163915074
発売⽇: 2022/02/24
サイズ: 20cm/439p

「名探偵と海の悪魔」 [著]スチュアート・タートン

 なんと贅沢(ぜいたく)なエンターテインメントだろう! 海洋冒険小説の興奮、怪奇小説のスリル、謎解きミステリの鮮やかな論理、ロマンスのときめき、非日常のダイナミズム。すべてこの一冊に詰まっている。
 時は17世紀前半。オランダ領のバタヴィア(ジャカルタ)から、アムステルダム行きの帆船が出港しようとしていた。乗っているのは本国に異動となるバタヴィア総督をはじめ、その妻子や関係者たち、世に名高い名探偵サミーと彼の助手アレント。しかしなぜかサミーは囚人として護送される立場にあった。
 その出港前、港で騒ぎが持ち上がる。血染めの包帯で顔を覆った男が「乗船する者すべてに無慈悲な破滅がもたらされる」と告げた直後、炎に巻かれて息絶えたのだ。さらに船内で怪事件が相次ぐ。揚げられた帆に悪魔の印が浮かび上がり、死んだはずの包帯男が出現し、家畜が殺され、積み荷が消え、そしてついに殺人が起きた。頼みの名探偵は牢の中。アレントと総督夫人のサラは協力して事件を調べ始める。はたしてこれは悪魔の仕業なのか?
 息をも吐(つ)かせぬストーリー展開もさることながら、躍動する登場人物たちがいい。横暴な総督に無表情の家令、冷静な護衛隊長、洒落(しゃれ)者の船長、乱暴者の甲板長に気のいい倉庫番。そして自由が許されない中で才を発揮する女性たち。帆船の上では残酷な人間模様も繰り広げられるが、決して暗くはならず、読者を17世紀の海上へと誘(いざな)う。
 娯楽性の強い作品だが、事態の根幹に「自分さえよければ」という思いがあることに注目。そのためなら他者を利用することも貶(おとし)めることも厭(いと)わない。煽(あお)るだけ煽って責任は取らず、正当化し、はては悪魔のせいにする。それってなんだか今もよく見るような……。
 だからこそ立ち上がったアレントやサラに喝采を送りたくなるのだ。ぜひ彼らとともに波瀾(はらん)万丈の航海を楽しんでいただきたい。
    ◇
Stuart Turton イギリス生まれ、作家。2018年に『イヴリン嬢は七回殺される』でデビュー。