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大西暢夫さん「和ろうそくは、つなぐ」インタビュー みごとな循環の中にある、昔ながらのモノづくり

大西暢夫さん

山にろうそくのロウがある!?

――表紙のろうそくの炎がきれいですね。なぜ和ろうそくの写真絵本を作ろうと思ったのですか。

 和ろうそくは、紐が芯の西洋ろうそくと違って、中心が和紙を筒状にしたエントツのようになっているので、いつも炎が踊るように揺らめいているのが特徴です。その揺らぎが美しく、いつまでも見つめていたくなります。

 僕も和ろうそくと西洋ろうそくの違いなんて知らなかったんです。でも知ったらすごくおもしろくて。日本では昔からハゼの実を収穫して、蒸した実をぎゅーっと絞ってロウを取るのですが、僕も含めて街で暮らす日本人はほとんど誰も見たことがないはずです。「山からロウを採ってくるって……山のどこにロウがあるの!?」と思いませんか(笑)。

芯の周りに、どろどろに溶かしたロウを手作業で塗りこんでいく。塗って乾かすことを繰り返し次第に太くなる。『和ろうそくは、つなぐ』(アリス館)より

 そのロウをしぼった後のカス(実の殻)を、藍染め職人さんが引き取り、冬期に藍を発酵させるため、甕をあたためる熱源にしていることを知りました。ロウカスはくすぶりながらゆっくり燃えるから、発酵にちょうどいい温度を保てるんでしょうね。

 さらに、藍染めの染液を作る過程で残る木灰は、皿や茶碗などを作る小鹿田焼きの職人さんが、釉薬に混ぜていることを知りました。「ムダにして捨てるものが何もないんだ」とあるとき気づいたんです。一見関係ないように見える職人仕事と職人仕事の結びつきがだんだん見えてきて、この「つながり」をテーマに、本を作りたいと思いました。

大きな甕と甕の間でロウカスはくすぶり続け、藍の発酵を助ける。『和ろうそくは、つなぐ』(アリス館)より

ゴミが出ないことに驚く小学生

――和ろうそく、藍染め、陶器……。昔ながらのモノづくりの「つながり」がテーマだったのですね。

 はい。子ども向けの本にできないかと考えているときに、滋賀の小学校で講演する機会がありました。「実はね……」と和ろうそくと藍染めと皿の「つながり」を子どもたちに話してみると、子どもたちの顔がワクワクするんですよ。「次は何?」「その次は何につながるの?」って(笑)。

 一つひとつのモノづくりと「つながり」を説明して、「何か気づくことない?」「ゴミがないやろ」と言うと小学生が一瞬ぽかんとして「ホンマや!」と驚くんですよ。「いつも買い物したらすごくゴミが出るもん」と。現在の生活がゴミをたくさん生んでいることを、子ども心にわかっているんですね。産業廃棄物をほとんど出さずに、次の仕事に材料を生かしていた職人たちの意識を知ることで、「昔の人ってすごいなあ」と、古い知恵に目を向ける、きっかけになったらいいなと。

エネルギーに依存しない暮らしの技術

――いつ頃から、伝統的な暮らしや産業に興味を持ったのですか。

 今はもうダムの水の底に沈んでしまいましたが、岐阜県の旧徳山村に通うようになってからです。当時、二十代半ばで若かった自分には、村のじじばばの暮らしが新鮮でした。春夏秋冬それぞれの季節に逆らわず、自然の恵みをみごとに使いこなす暮らし。食も人間も力強くエネルギッシュに見えました。

 村をまるごと移転することが決まっても、最後の1人になるまで住んでいた、廣瀬ゆきえさんの人生を辿って『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』(彩流社)にまとめ、2021年第36回農業ジャーナリスト賞をいただきました。30年徳山村に通って知ったのは、昔の多くの人が、石油などのエネルギーに頼らずに暮らす技術を、確かに持っていたということです。

――たとえば、どんな暮らしの技術ですか。

 最初にふと気になったのは木灰でした。徳山村では、薪を燃やした後の灰を、ばあちゃんたちが宝物のようにきれいに一斗缶に詰めてあるんですよ。「そうか、山の暮らしでは灰が大事なんだ」と。春は山菜、タケノコ。秋はトチの実。山菜もトチの実も、木灰でアク抜きしないと食べられない。

 薪ストーブの上ではなめこ汁が煮え、自然薯をすりおろしてすする。熊肉やイノシシ肉をごちそうしてもらったこともあります。不便と言えば不便だし、厳しさはあります。水は川から汲んでこないといけないし、焚き付けないとご飯は食べられない。でもその中に豊かな工夫があって、山から食べ物を得る技術はもちろん、おそらく植物の繊維から紙も漉いていただろうし、何でも自分たちでやっていたと思います。

「つながり」を消してはいけない

――『和ろうそくは、つなぐ』を読むと、伝統的なモノづくりが自然の恵みから生まれていることがよくわかります。先人の技術や知恵を職人が受け継いでいるのでしょうね。

 和ろうそくは、すべて自然の中にある材料から作られています。紙も灯芯もロウも真綿も、リサイクルのためのエネルギーを使うことなく自然界に戻せるモノばかりです。

和ろうそくの芯は、筒状にした和紙に、細長い灯芯草の随(灯芯)を巻き付けたもの。和ろうそくは今も神社仏閣などで大切に使われている。『和ろうそくは、つなぐ』(アリス館)より

――「破れてもまた溶かせば和紙に戻るから、捨てるところがない」と紙漉き職人さんが言い、ろうそくも「切り落としたロウを溶かせば再び和ろうそくの原料に戻る」と書かれていたのが印象的でした。

 そうですね。でも……今の職人さんは材料を得るのが大変です。たとえば、藍染めのための「すくも」(藍の葉を発酵させたもの)作りにムシロが必要なんですが、「ムシロが手に入らない」と職人さんが困っている。藁そのものがないわけじゃないんです。稲や小麦を刈り取るとき、コンバインで粉砕してしまうから、ムシロを編むことができないし、編む人が近所にはなかなかいないのでしょうね。

灯芯草から随を抜く“灯芯引き”ができる人は全国に数えるほどしか残っていないという。本には奈良県安堵町の谷野さんと近藤さんが登場。灯芯は和ろうそくの芯になり、墨の材料にもなる。『和ろうそくは、つなぐ』(アリス館)より

 取材で、和ろうそくに使われる灯芯が、習字の墨作りに使われていることも初めて知りました。奈良で400年以上続く墨作りの老舗にたどりついて取材させてもらえたことはおもしろかったです。全国11か所の工房を撮影し話を聞かせてもらうことで、日本各地の伝統産業がまだ何とかつながっていることを感じられました。

左から、東京印書館・プリンティングディレクターの高柳昇氏、デザイナーの鈴木康彦氏。何冊も共に本を作り上げてきた信頼できる間柄。暗部をしっかり締めつつ写真の良さが生きる印刷に仕上げることで、炎の美しさがより際立つ

 『和ろうそくは、つなぐ』は職人さんたちの貴重な記録です。これからますます貴重になっていくでしょう。職人が受け継いできたものが一度途絶えてしまったら、復活させることがとても難しい。つながりを消してはいけないと思います。

 この本は、子どもたちに読んでもらえるように作りましたが、きっと大人もあまり知らない内容だと思います。僕自身、こんなふうに日本でろうそくを作ってきたなんて考えたこともありませんでした。でも和ろうそくの成り立ちを知って、改めて火を見つめると、本当に昔ながらのモノづくりはみごとな循環の中にあるんだなと、美しさに心を動かされます。昔の人たちが見つめてきたろうそくの揺らぎは、和ろうそくの灯りなのです。