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雑誌「栗原はるみ」 夫を失っても残りの人生前向きに

栗原はるみ

 雑誌名が「栗原はるみ」?

 一瞬、何のことかわからなかった。栗原はるみさんを取り上げたムックかと思ったが違う。雑誌なのである。パーソナルマガジンとして、今後年に3回発行されるそうだ。個人名の雑誌だなんて、なんだか面白くて笑ってしまった。斬新すぎる。

 めくってみると、料理家である栗原さんの暮らしぶりが全ページにわたって紹介され、その合間合間に、おいしそうな料理のレシピがたくさん載っていた。料理自体はもちろんのこと、自作のたれや調味料、さらに器やテーブル、家具や洋服にいたるまで、この一冊でたっぷりと栗原さんの素顔が覗(のぞ)ける趣向だ。一流の人は生活のあらゆる局面にこだわりがあり、何をとっても美しい。刺繡(ししゅう)をはじめた、なんて記事もあるけど、その刺繍がまたかわいいのだった。

 本誌の巻頭で栗原さんは、最愛の夫を失い耐えがたい日々が続いていると書いている。そんな彼女が残りの人生を楽しんで生きることを宣言し、こうして前向きに暮らしている姿に読者は勇気づけられるだろう。

 こういう企画は今までもなかったわけじゃない。だがそれが雑誌になった点が興味深い。一冊で終わりじゃないのだ。

 毎号載せることがそんなにあるのだろうかと心配になる一方で、面白い試みだと思った。ひょっとしたらこれは雑誌というメディアにとって起死回生の秘策なのかもしれない。

 というのも、インターネットの世界ではそれこそ著名人でなくても、いろんな人が自分のチャンネルを持って、その人なりの暮らしを動画で見せているわけである。とりたてて珍しい日常でもなく、驚くことも起こらないことが多いが、そんな動画を何万という人が視聴している。

 どんな人にも暮らしがあり、平凡であってもその人なりの人生がある。そのことが視聴者を勇気づけているにちがいない。むしろ普通の人の暮らしだからこそそれを見て共感し、孤独が癒やされることもあるだろう。

 「栗原はるみ」がお決まりのオシャレなライフスタイル誌の体裁をとりつつも人に軸足を移そうとするのは、個人がコンテンツになった今、必然的な流れと言える。極端な話、もしまったく無名の人を取りあげた雑誌があったら読むだろうかと考えると、それでも私は読みたい気がする。著名であれ無名であれ、一般論でくくれない個人個人の暮らしに興味があるから。

 そしてもっと見過ごせないのは、本誌がネット上にあるさらに巨大な「栗原はるみ」空間と連動していることだ。誌面作りはこれまでと変わらなくても雑誌は水面下で大きく舵(かじ)を切り、主役の座をネットに譲って自分はしれっと広報係に収まったのだ。=朝日新聞2022年4月2日掲載