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「旧植民地を記憶する」 侵略を公的に認めることの意味 朝日新聞書評から

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月09日
旧植民地を記憶する フランス政府による〈アルジェリアの記憶〉の承認をめぐる政治 著者:大嶋 えり子 出版社:吉田書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784910590011
発売⽇: 2022/02/11
サイズ: 22cm/259p

「旧植民地を記憶する」[著]大嶋えり子

 他国への侵略行為が目の前で起きた時、それを批判する足場の一つは、過去の侵略がもたらした被害の記憶である。だからこそ、旧宗主国の政府が植民地の記憶を公的に認めるか否かは、喫緊の課題なのだ。フランスの加害の記憶を扱った本書は、このことを痛感させる。
 フランスは、19世紀からアルジェリアを支配し、1962年の独立まで収奪や搾取を続けた。独立戦争時には多くのアルジェリア人を殺害した。フランス軍に参加したアルジェリア人戦闘員を保護することもしなかった。
 著者が試みたのは、こうした事実の解明ではない。フランス政府が旧植民地の記憶をどのように承認してきたかをつぶさに追うことだ。
 政府は加害の記憶を公的に認めてこなかった。補償や賠償に直結するからである。ところが、90年代以降、その方針が転換する。アルジェリア戦争法と帰還者法を定めて、独立戦争時の引き揚げ者とアルジェリア人戦闘員の労苦をたたえ、金銭的に支援した。
 なぜ方針は転換したのか。この時期、不況にあったフランスは、移民の受け入れを制限し、国内の国民統合を強化していた。2法が制定されたのは、出自の異なる人びとを包摂するために、新たな記憶が必要となったからだ。国内問題に対処する法にすぎず、アルジェリアへの加害責任は不問に付された。その結果、同国からの強い反発を招き、2国の関係は悪化する。
 著者は、記憶をつくる装置として、国立移民歴史館や、引き揚げ者団体が自治体の協力で設立した資料センターの常設展示にも注目する。それらは独立戦争の悲劇を物語りはしても、アルジェリアが植民地時代に受けた抑圧については、ほとんど語らない。フランスの旧植民地の記憶は変わったかにみえて、支配や加害の記憶はいまだ承認されていない。和解は遠ざかる。
 本書は、新しい機運にも触れる。マクロン大統領の依頼で、昨年、歴史家バンジャマン・ストラ氏がまとめた、アルジェリアの記憶に関する報告書だ。
 報告書は、日本の現状にも紙幅を割く。中国・韓国に対する「謝罪」を「事実上無効」としうる事例として、首相の靖国神社参拝を取り上げる。重要なのは、公式な「謝罪」よりも、「植民地支配の実態を解明し続け、知識を広く共有すること」だと報告書は提言する。類似の暴力を繰り返さないために、誰の、どのような記憶が必要なのか。歴史研究の成果を公的な記憶へといかにつなげるか。本書は読む者に問う。
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おおしま・えりこ 1984年生まれ。金城学院大講師(フランス政治、国際関係論)。早稲田大大学院博士後期課程満期退学。博士(政治学)。著書に『ピエ・ノワール列伝 人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』。