行方不明になった登場人物を探して
――「今夜はどの本に遊びに行こうかな?」。真夜中の本棚は、金太郎に桃太郎、かぐや姫にシンデレラ、竜や忍者、妖怪など、挿絵たちが本の中を行ったり来たりの大騒ぎ……。よその本に隠れた登場人物を探すのが楽しい、澤野秋文さんの絵本『じつは よるの ほんだなは』(講談社)。作品のアイデアは、本に挟んであった買い物メモから生まれた。
読んでいた本から、栞代わりに使っていたメモが出てきたんです。本の中に違うものが入っている、その異物感が面白いなと思ったのがきっかけです。最初は、本棚を主役にしようと思って、本をどけると挿絵たちが集まって何かやっているというイメージを考えました。誰かが誰かに会いにいく、ラブ要素があるものもいいなと思っていました。
でも、主人公が本棚だとキャラ的に弱い気がしたので、犬張子を主人公にして、本から飛び出した挿絵たちがどこかに行ってしまわないよう見張り番をするという設定にしました。犬張子は、デビュー作『それなら いい いえ ありますよ』の中でも描いて、かわいいなと思っていたのと、当時読んでいた宮部みゆきさんの小説『ばんば憑き』に出てきたのも重なって、決めました。
――本棚に並ぶのは昔話だけでなく、図鑑、巻物などさまざま。名所絵図に紛れ込んだシンデレラなど、別の本に遊びにいって行方不明になった登場人物を救出すべく、絵探しをしながら、この本は何の本だろうと考えるのも面白い。
出てくる本は、描きたい世界を選びました。子どもの頃、家にあった日本昔話のシリーズを読んだり、図鑑を見るのも好きだったので、記憶の中の好きな本が入っています。昔とか現代とか、時代設定を限定したくなかったので、『シンデレラ』を入れたり、よく見ると自分のデビュー作やデビュー前の作品も隠れています(笑)。不思議な世界観のまま終わりたかったので、最後に出てくる子どもを着物姿にして、座敷童なんじゃないの?とか、作品の世界の余韻を残せたらいいなと思いました。
――隅々までびっしりと描かれたページは圧巻。どんな小さなキャラクターも生き生きとしていて、見ているだけでワクワクする。
桃太郎を探すページは、うちでは「もんじゃページ」と呼ばれています(笑)。自分で描いたのにすごいなって思いますね。デビュー2作目(2014年出版)で、「よし! 描くぞ!」という勢いもありました。今、描こうとしても、ここまで愚直に描くかなぁと感心します。絵に対する熱量がなくなったわけではないんですが、読み手のことも考えるようになったので、何も考えずに描いていた頃が懐かしくもありますね。
それと、この作品を描いていたのが、ちょうど息子が生まれた時で、夜泣きをすると抱っこして、子どもの頭越しに描いていたのを覚えています。たぶん、数回のことだと思うんですけど、いつもそうしていたような記憶があって、この本を見ると当時の大変さを思い出します(笑)。
自分しか知らない遊びを入れて
――子どもの頃から細かい絵を見るのも描くのが好きだった澤野さん。中でも水木しげるさんの大ファンだという。
妖怪とか、未確認生物とかがすごく好きで、水木さんの妖怪事典をよく見ていました。キャラクターを真似して描いたり、妖怪の出没場所に自分の出身地が出てくると丸をつけて、対処法をチェックしていました(笑)。背景もいろんな技法ですごく細かく描かれているので、それも真似して描くのが楽しかったです。『じつは よるの ほんだなは』にも「妖怪事典」を入れて、おばけたちを登場させました。
――妖怪好きだからだろうか、澤野さんの作品は時代物が多い。
ストーリーが作りやすいのかもしれないですね。誰も知らない世界だから自由に作れる、ファンタジーにしやすいというか。子どもの頃から時代劇も好きで、テレビで「遠山の金さん」や「水戸黄門」「暴れん坊将軍」なんかをよく見ていました。昔の時代劇は勧善懲悪だったので、ヒーローものの延長のような感覚で見ていた気がします。時代劇の世界って、現実と全然違う世界というか、そういうのがやっぱり好きだったのかな。
時代物もそうですが、これからも不思議な世界はずっとテーマにしていきたいと思っています。デビュー作を描いているとき、自分を楽しくさせるために、自分しか知らない遊びを入れようと思って、ストーリーとは関係のないカッパを描き込んだんです。書き忘れてしまったページもあるんですが、基本的に全ページに。それ以来、講談社さんで出す作品には必ずカッパを描いています。なんでカッパなんですかね? 「カッパに取り憑かれてるの?」って聞かれたこともあります(笑)。そんなカッパが主役の作品も、いつか作りたいなと思っています。アイデアはあるけど、でも一方で、主役にはしないで、ずっと幻の生き物にしておきたいなとも思ったり。自分でも楽しみにしています。