次世代がたどる夢と思索の軌跡
雑誌「ワンダーランド」やブローティガンなどの翻訳小説、ノンフィクションなど、多彩なジャンルの編集を手がけた評論家、津野海太郎さん(84)。その編集観が伝わる文章を集めたアンソロジー『編集の提案』が、黒鳥社から出た。編んだのは30代の編集者。出版不況やデジタル化で、編集とはなにかが不透明な時代を生きる若手によって「再発見」された形だ。
「テープおこしの宇宙」「座談会は笑う」「植草甚一さんの革トランク」「フランケンシュタインの相対性原理」「本の野蛮状態のさきへ」……。
ジャケ買いならぬ、タイトル買いをしたくなりそうなラインナップだ。テキストは18編。劇団「黒テント」の演出や晶文社の編集者として活躍した津野さんが、1977年から2001年までに発表した文章が集められている。
サブカルチャーシーンの一翼を担い、一方では小さなメディアを作りたいと音楽家・高橋悠治さんらの「水牛通信」に参加。ウィンドウズ95の登場後は「季刊・本とコンピュータ」の総合編集長を務めた、そうした二十余年の軌跡でもある。
「編集者になったのは、自分が読みたい本がなかったから。書き続けてきた人はいるのに『書き捨て』状態でしょう。大手出版社がやらないなら、よし、オレがやってやると」
「素人劇団みたいな出版社だったし、編集術を教わる雰囲気もなかった。型にはまるのも性に合わない。で、自分で手探りした。経験をいろいろなところで書いたけど、ほとんど反応がなかった。今回、選んでもらってみると結構面白い(笑)。よく集めてきたなあ」
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編集したのはフリー編集者の宮田文久さん(36)。大手出版社に7年半勤めて退職。津野さんに関する知識はほぼなかったというが、「積ん読」の本の中にテープおこしに関する文章を見つけた。驚いた。「手づかみで何かを作らなきゃ、という思いがこもった文章でしたから」
黒鳥社のコンテンツディレクター、若林恵さん(50)に持ち込んだ。若林さんも老舗出版社の出身。2人ともウェブの仕事に携わるが、これまでの出版や流通のシステムが崩壊する中、編集とは何か、誰も定義しない状況に疑問があった。何をやるのか、なぜ社会的に大切なのか。そんな思いを強めてアンソロジーはできあがった。
津野さんの編集論のキーワードとして、宮田さんが本人の言葉を借りて表現するのが「実用本位の夢」だ。
インタビューをまとめる際の、相手の希望との調整、編集者に求められる「演出家としての決断力」。実際的な話をしながら、津野さんの本づくりの夢や思索の跡が浮かび上がる。テープおこしの宇宙とは、「かれのものでも私のものでもないような声」に耳を澄ませ、話し言葉と書き言葉の決して埋まらない「隙間」に身をおく幸せを感じることなのだ、と。
「晩年の運動」という一編では、複製技術のよろこび、印刷のよろこびの意味を考える。「オリジナルの自分が消滅し(中略)、ゆっくりと未来の世界のうちにとけこんでいく」
津野さんいわく、編集者の生活上のくせとは「おせっかい」であることだそうだ。気配り、面倒見のよさ。他人の本なのに頭の中で「てにをは」の修正をしてしまうことも。
「『星座』をつくりたいんですよね。僕が好きな人たちの才能がきちんと評価されてほしい。自分も合流したい。使命感より欲でしょうね」
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20年以上前から「本と読書という文化自体が大きく変わる」と指摘してきた津野さん。本の命は短くなるばかり。自身も、若い書き手に興味を失った。
でも最近少し変わった。30代の男性の書き手や女性の作家、学者に価値観の変化を感じる。老いがテーマの本の執筆が続いて飽きたこともあるが「このまま年とった続きで死ぬのも面白くない。もうじき死ぬ人間として――これ、ほんとですよ。若い人や未来を考えていきたい」
だから今回、若い編集者たちとの出会いがうれしかった。ウェブ原稿は毎日更新され、校了と「定着」がないらしい。「定着があるから、みんな緊張して仕事する。そうではない時代の編集の責任って?」。編集の未来への思索は終わらない。=朝日新聞2022年4月13日掲載