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職人のような仕事ぶりがさえる「オールドレンズの神のもとで」など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『オールドレンズの神のもとで』 堀江敏幸著 文春文庫 726円
  2. 『少女ABCDEFGHIJKLMN』 最果タヒ著 河出文庫 715円
  3. 『肖像彫刻家』 篠田節子著 新潮文庫 781円

 (1)様々な媒体から依頼された、テーマも長さもまちまちの作品集。「果樹園」は、交通事故の後遺症で休職している男が、2頭の犬を散歩させるだけの物語だ。「オクラ」と「レタス」は彼の犬ではなく、膝(ひざ)を悪くした高齢の飼い主が貼り紙で求人をした。飼い主との会話や犬と街を歩くことで気付く些細(ささい)なことから、男の人となりを浮かび上がらせる。曖昧(あいまい)に重なり合う現象をそっと集めて形作る、職人のような仕事だ。

 (2)感覚的なようで実証的な短編集。「きみは透明性」は、SNSの「イイネ」みたいに、誰でも手軽に電子化された愛を送る世界。美人の姉には、赤やピンクのデフォルメされたキスマークが大量に届き、愛にまみれた結果、顔すら見えなくなっていた。妹はそのキスマークを消して欲しいと、高校のクラスメートである高山にハッキングを依頼する。他人に対して限りなく透明な彼と、透明にはなれない彼女の、冷たくて優しい平行線の物語だ。

 (3)芸術家として大成せず妻子に逃げられた正道は、彫刻修行のためイタリアに渡る。父親から「モノになるまで帰ってくるな」と言われ連絡を絶っていたが、8年経って帰国すると、両親ともに他界していた。彫刻の技巧は一流でも、今の日本において、一体が1千万円もする等身大の彫刻を欲しがる人などいない。正道が生きるために選んだ道は、ひと言にすれば芸術家崩れの悲哀に満ちている。だが巧みに綴(つづ)られる心情や状況が、彼の能天気さと、それ故の未来の明るさを読者の心に残す。=朝日新聞2022年4月16日掲載