- 獣たちの海
- 創られた心
- 走る赤
この度、この「エンタメ季評」を担当させていただくことになりました、池澤春菜です。守備範囲は主にSF(ミステリとファンタジーもちょっぴり)。今読みたい、今読むべき、とびっきり面白いSFを熱意過剰に紹介していきますよ~。
まずは上田早夕里『獣たちの海』。日本SFの大傑作、【オーシャンクロニクル】シリーズの最新作。
四作全て書き下ろし。短編「迷舟(まよいぶね)」「獣たちの海」「老人と人魚」そして中編「カレイドスコープ・キッス」。この世界、海面上昇によって人類は陸に生きるものと海に生きるものにわかれている。海の子供たちは人と魚舟(うおぶね)、かならず対で生まれ、生涯をパートナーとして過ごす。だが〈朋(ほう)〉と呼ばれるパートナーを失った魚舟は、祟(たた)り神のような存在、獣舟(けものぶね)となる。「迷舟」は〈朋〉を失った人間のムラサキ、そして「獣たちの海」は獣舟となってしまったクロの目線で描かれる。「老人と人魚」は妻を失った老人と、新しく生み出されたポストヒューマン、ルーシィとの出会い。「カレイドスコープ・キッス」の主人公銘(メイ)は、幼い頃に海を離れて陸で暮らすこととなった。〈朋〉の代わりのAIレオーをパートナーに得て、海と陸の断絶を埋めるべくリンカーという役目に就く。
このシリーズを未(ま)だ読んだことがない人への入り口としても最適な一冊。
『創られた心』はAIロボットSF傑作選。パワードスーツ、銀河連邦ときてアンソロジーシリーズの三作目。十六編中、なんと十五編が本邦初翻訳という贅沢(ぜいたく)さ。
個人的お気に入りは、叙情的美しさの「死と踊る」、新米AIとベテランAIの交流がコミカルな「働く種族のための手引き」、AI版ブラック企業に一矢報いる「エンドレス」など。いまや日常のものとなりつつあるAI、人によって作り出された心がどう進化し、変化していくのか。SF作家の描く新しい心の形。
『走る赤』もアンソロジー、それも中国女性SF作家、というかなり尖(とが)った縛り。昨今の中国SFの隆盛はめざましいが、その革新的視点、層の厚さを感じさせる。表題作の「走る赤」がもう大笑い。ソシャゲの中で働く障害を持った女性が、ひょんなことからお年玉袋(紅包)と融合してしまい、ガチャで引かれて消失するのを避けるためにひたすら走り続ける……怒濤(どとう)の展開と謎の感動に見舞われる快作。黒船には異星人が乗っていた、歴史改変SFの「木魅(こだま)」。ポストヒューマンの見る世界を描く「世界に彩りを」。
今回は期せずして短編集ばかり。この中にきっとあなたのお気に入りの一編、作家があるはず。ぜひ手に取ってみて。(声優・エッセイスト)=朝日新聞2022年4月27日掲載