ISBN: 9784910207322
発売⽇: 2022/03/31
サイズ: 18cm/191p
「団地のふたり」 [著]藤野千夜
本を読みたい気持ちはあるものの、厚さや重さに怯(ひる)み、これはやめておこう、と思うことはないだろうか(私は多々ある!)。
築六十年になる団地を舞台にした本書は、そんな時にこそ手に取って欲しい大人の友情小説である。
空き家が増え、単身高齢者世帯も少なくない3DKに暮らす桜井奈津子とノエチこと太田野枝は、保育園からの幼馴染(おさななじ)み。それぞれ一度は自立したものの実家に出戻ってきた。
奈津子は短大卒業後イラストレーターとなり、羽振りが良かった時もあったが、近頃は年に数点しか依頼がない状態。自宅やご近所さんの不用品をネットで売り、生計を立てている。相棒のノエチは学者を目指して大学院まで進んだものの、思いがけないことで躓(つまず)き、現在は掛け持ちの非常勤講師をしている。
共に五十歳。母親が一年ほど前から親戚の介護で帰郷していてひとり暮らしの奈津子の家へ、ノエチは頻繁にやって来る。奈津子の作る一汁一菜の「坊さんめし」をぱくぱく食べ、時にはふたりで自転車に乗って釣り堀にも行く。高齢者となったご近所の「おばちゃん」たちに頼まれて網戸の張替(はりか)えをし、ノエチのアニキの宝箱から発掘してきた様々な楽譜を売ってみたりもする「日常」。
突然の嵐のような、大きな事件は何も起きない。けれど、彼女たちの日々がずっと平穏で凪(な)いだ状態にある、というわけでもない。ふたりが団地に出戻ってきた理由の詳細は明かされないし、抱えていると察せられる鬱屈(うっくつ)も記されないが、心をざわつかせる波はあるのだ。それでも――。
「だいじょうぶ。ノエチのいいところも悪いところも、私、知ってるから」と奈津子が言う。「同じ」とノエチは応える。その関係性が羨(うらや)ましくて、ちょっと泣きそうになる。
読みやすく分かりやすく、けれど驚くほど深い。語られずとも感じられる小説もあるのだ。
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ふじの・ちや 1962年生まれ。作家。2000年「夏の約束」で芥川賞。著書に『じい散歩』など。