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「朱色の化身」書評 証言重ね浮かぶ失踪女性の真実

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月07日
朱色の化身 著者:塩田 武士 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065249994
発売⽇: 2022/03/16
サイズ: 20cm/313p

「朱色の化身」 [著]塩田武士

 実に多くの「声」に彩られた小説だ。例えば物語にとって重要な意味を持つ昭和31(1956)年、福井県の芦原温泉で起きた大火事のシーンが冒頭で描かれる。その場にいた人が次々と語り手になって、詳細に再現される現場。著者は当事者へのインタビューをもとに、実際に記録された事実だけでそれを描いたという。そのように意識的に作り込まれたリアリズムを土台に、一人の女の失踪と捜索を軸とした物語が組み立てられていく。
 元銀行員で、一世を風靡(ふうび)したゲームの開発に携わった辻珠緒。癌(がん)を患う元新聞記者の父親に頼まれ、彼女を探すことになった主人公のライター・大路亨――。
 強く惹(ひ)かれたのは、大路が「取材」のノウハウを使って捜索を進めることだ。彼は珠緒を知る人に会い、次なる関係者を見出(みいだ)しながら、仮説を立てては「事実」を積み上げる。すると、さらなる証言によって新たな仮説が引き寄せられる。まさに「取材」の醍醐(だいご)味だが、そのうちに見えてくるのが、最初は淡い印象だった珠緒の輪郭だ。昭和、平成、令和を生きてきた女性の複雑な生い立ちと、ある男の影……。男女雇用機会均等法第一世代の黎明(れいめい)、ゲーム依存症などの社会的なテーマを盛り込みつつ、彼女の個の歩みを時代の変遷とともに映し出す手法が実に鮮やかなのである。
 大路がこう吐露するシーンがあった。〈当事者の話を聞いていくことで、自分の浅はかな予想は裏切られ、そうして先入観の皮を一枚ずつ剝いでいった末に残った芯。それが社会の一端というものではないだろうか〉
 私はノンフィクションを書く一人として、調査そのものの魅力にとらわれ始める彼の姿に共鳴した。ミステリーとしての面白さもさることながら、いくつもの「事実」の先に「真実」とはどのように浮かび上がり得るか。そんな切実なテーマへの果敢な挑戦を感じさせる作品だ。
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しおた・たけし 1979年生まれ。神戸新聞社勤務を経て作家。著書に『罪の声』『歪んだ波紋』など。