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織守きょうやさんの読んできた本たち 「アルスラーン戦記」は今読み返しても最高

>「作家の読書道」のバックナンバーは「WEB本の雑誌」で

好きな作品はいろんな翻訳を読む

――織守さんはプロフィールに「ロンドン生まれ」とありますね。いつまでそちらにいらしたのですか。

 5歳までイギリスにいて、小学校の6年間は神戸、中学の3年間はドイツ、高校の3年間はイギリスという感じです

――なるほど。では、いちばん古い読書の記憶といいますと。

 本当に古い読書というと、たぶん幼児の頃の『ノンタン』シリーズかなと思います。もしくは、今はミッフィーと呼ばれていますが、当時は「うさこちゃん」で知られていたディック・ブルーナの絵本シリーズで、それらを同じくらいの時期に繰り返し読んでいました。どちらも日本語版だったので、たぶん送ってもらったものだと思います。『はらぺこあおむし』も憶えていますが、これは英語版だった気がします。簡単な英語なので自分でも読めたのかな、と

――小さい頃、家では日本語、外では英語を使っていた感じですか。

 そうですね。そうはいっても最初にロンドンにいたのは5歳までなので、たいした英語は喋ってないんです。幼稚園で先生と話すくらいで、それほど英語力の貯金もないまま日本に戻ってきました

――日本に戻ってきからの読書生活は。

 本は好きだったんですがお小遣いをもらっていなかったので、図書室にある本や親が買ってくれる本を読んでいました。よく本ならなんでも買ってもらえたという人もいますが、私は際限なく欲しがるので、そういうことはなかったです(笑)。図書室で読んだ気に入った本をどうしても所有したいと親に言って、ようやく買ってもらったり、お年玉をためて自分で買ったりして。だから、そんなにいっぱい持っていたわけではないです。

 小学生時代は、今でいうヤングアダルトとかライト文芸みたいなものをよく読んでいました。表紙が漫画のような、可愛いイラストのものが多かったですね。あまり手元に残っていないんですが、これとか(と、モニター越しに本を見せる)

――『ぼくの・ミステリーなあいつ』、さとうまきこさん、偕成社。

 これは図書室で順番待ちをして読んで、自分でもほしいと思った本です。ちょっとSFが入った児童書ですね。他には、コバルト文庫から出ていた日向章一郎さんの「放課後シリーズ」とか。『放課後のトム・ソーヤー』や『放課後のハックルベリィ・フィン』といったタイトルの、ライトミステリのシリーズです。これも表紙が可愛いイラストでした。頭がいい女の子が探偵役で、すごく魅力的だったので、憧れながら読んでいました。

 それと、藤川桂介さんの『宇宙皇子(うつのみこ)』シリーズ。小学生が読むにはちょっと難しいけれど、アニメ映画を観てから角川文庫を買ってもらいました。でもどんどん難しくなるのでシリーズの最後までは読めなかった気がします

――海外の小説はいかがですか。

 集英社の「少年少女世界名作の森」という名作全集で『若草物語』や『小公女』などを読みました。『小公女』がものすごく好きで、いろんな出版社の版を読みました。日本では馴染みのない食べ物の訳が、ちょっとずつ違うんです。ある本では「ミートパイ」と書かれた食べ物が、別の本では「肉まんじゅう」とあって、なんで違うんだろうと思って。後にまた海外に行った時に原書を見たら「mince pie」とありました。ミンスパイってミートパイではないのにミンチと間違えて訳したのかな、と思ったりしていました

――同じ作品を違う訳で読んでいたとは。

 子どもの頃からオタク気質がありました(笑)。といっても、その世界を何度も味わいたいけれど同じ版を繰り返し読んでも飽きるから違う版を読んでいただけで、比べようという気はなかったです。子どもの頃は同じ本を繰り返し読んでいたんです。

 他には、魔法や架空の世界の話が好きでした。学研の「新しい世界の童話」シリーズから出ているプロイスラ―の『小さい魔女』とか、那須田淳さんの『ボルピィ物語』とか。ウェルズの『魔法を売る店』も好きで、当時は楽しいなと思って読んでいましたが、いま思うと結構、SFというかホラーなんですよね。大人向けの話を子ども向けに訳したのかなと思います。

 赤い鳥文庫から出ている舟崎克彦さんの『仙人になる方法』も好きでした。中国の古い時代に、男の子が仙人に弟子入りして修行する話です。魔法とか妖精が好きという流れで仙人の話に惹かれたんですよね。

 食べ物が美味しそうな作品も好きでした。『小公女』もそうですし。青い鳥文庫の『オズの魔法使い』も、意外に食べ物が美味しそうなんですよね。「オズ」のシリーズは3作目の『オズのオズマ姫』くらいまでしか読んでいない人が多いと思うんですが、私はオタクだったので『オズのエメラルドの都』や『オズの魔法使いとグロリア姫』などの続篇も繰り返し読みました。

 ローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』のシリーズも大好きで、いまだに読み返します。これは大人になって違う版のものや絵本版も買いました。生活が細かく書かれたものが好きで、何度も読んでしまいます。

 他には『十五少年漂流記』や『メアリー・ポピンズ』とか。好きだった本はいっぱいありますね

ショートショートの衝撃

――漫画などは読みましたか。

 少女漫画雑誌も楽しく読んでいましたし、手塚治虫さんのアニメが沢山放送されていて面白かったので、漫画も読むようになりました。『ジャングル大帝』とか『青いブリンク』とか『三つ目がとおる』とか。『リボンの騎士』なんかはボロボロになるまで読み返して、ドレスを模写していました。同年代で漫画好きな子たちは、だいたい「セーラームーン」が好きだったので、あまり漫画の話ができませんでした。

 その頃は手塚作品も子ども向けのものしか読んでいませんが、オタクなので他にどんな漫画を書いているのかひたすら調べていました。この人は面白い漫画を描く人なんだなと、作家を認識するようになった最初の人だったと思います。実際に作家で選んで作品を集めるようになるのは中学生の時に夢中になったCLAMPさんなんですけれど。

 他に、妖怪が好きだった流れで水木しげるさんの妖怪図鑑や、『のんのんばあとオレ』なども読みました。『のんのんばあとオレ』は自伝的なエッセイですが、妖怪に詳しいおばあちゃんに教えを乞うスタイルだったので、主人公と一緒に自分も異界のものの知識を蓄えていく感覚で楽しんだんだと思います

――ちなみに、ミステリの原体験といいますと。

 さきほど挙げた「放課後」シリーズはミステリではあるけれど、謎解きの楽しさよりキャラクターの魅力で読んでいました。謎を解く楽しさを知ったといえば、漫画と文章が混じったクイズブックみたいなものが最初かもしれません。世界のいろんな名作のトリックをかいつまんでクイズ形式で2ページくらいで紹介しているんです。最初のページに「こんな事件が起きました、意外な犯人とは?」とあり、次のページで探偵が登場して解説するという。面白く読みましたが、小学生の頃はそれがミステリだとは分かっていなかったかも

――そういう本、ありましたよね。「現場から凶器が消えたのはなぜ?」「氷でできていたから」みたいな本ですよね。

 そうです。「被害者の死体が暖炉の煙突に詰め込まれていた。どうしてでしょう」「犯人は......」みたいな(笑)。有名な作品のネタバレがつるっと入っていて、ああいう本が世に出ていてよかったのか、と後から思いました。私、大学生になって『アクロイド殺し』を読んだ時、これまでまったくネタバレを踏まずにこれを読めてよかった、と心から思いました(笑)

――あれはネタバレ踏みたくないですよね(笑)。

 そういえば、謎解きの原体験ではないけれど衝撃を受けたことがあって。小学生の頃、星新一や小松左京の作品もよく読んでいたんです。星新一は「おみやげ」だったか「おーい でてこーい」が教科書に載っていたりして。一度、「友好使節」が塾の読解テストの例題に出たんです。ショートショートだから全文載っていたんですが私は続きがあるものだと思い、どうしても先が知りたくて、はじめて大人向けの本を買いました。そうしたら、自分が読んだところでスパッと話が終わっていて。あれは衝撃でした。今では自分もそうした話を書くことがありますが、小学生の時は「ここからどうなるかって話なんじゃないの?」って驚いて、その衝撃はいまだに残っています。物語の技法というものにショックを受けた原体験かもしれないです

――国語の授業や、文章を書くことは好きでしたか。

 好きだし得意でした。でも作文は賞を獲ったのが1回あったくらいで、ズバ抜けて上手だったわけではないです。

 一回、壁新聞みたいなものを作る授業があって、そこに物語を書いたんです。友達はすぐに飽きていたけれど、私は飽きもせず物語を書くようになりました。確か、ファンタジーで、すごく情けない王子がすごく強い女剣士を連れて王様の病気を治すための花か何かを探しにいく話でしたが、拙いものでした。

 それと週1回、放課後に緩い感じのクラブ活動があって、そこで漫画を描いたりもしました。内容はまったく憶えていませんが、登場するキャラクターが全部、鳥でした。なんでそんな作画しにくいものにしたのか分かりませんが(笑)、たぶん鳥の絵を描くのがブームだったんです

――小学生の頃、将来何になりたいと思っていましたか。

 そんなに固まっていませんでした。いちばん古い学年の文集には、将来の夢は「ケーキ屋さん」と書いていました。ケーキを作りたいわけでも売りたいわけでもなくて、何か書かないといけないからなんとなく書いただけです。もうちょっと上の学年になると「漫画家」と書いたかもしれませんが、5、6年生の時は「声優」と書いた気がします

――アニメもお好きだったんですか。手塚作品以外も観ていましたか。

 小学校高学年から中1でドイツに行くまではアニメも見ていました。手塚作品の他には、「アニメ三銃士」とか。このアニメ版では三銃士の一人、アラミスが女性で、オスカル様的な魅力があって格好よかったんです。映画版もあったんですがその情報を知らなくて公開時に観に行けなかったので、後にビデオを買ってもらいました。他にも、いつもロボットものを放送するアニメ枠を観たりとか。あ、そうそう、「幽☆遊☆白書」も好きでした

ドイツ時代にハマった日本人作家

――中学時代はドイツとのことでしたが、どちらだったのですか。

 デュッセルドルフです。日本人が多い場所で日本語の本を揃えた書店もありました。学校はインターナショナルスクールに通っていたので授業は英語でしたが、英語でドイツ語を教える授業もありました

――え、大変だったのでは。

 そうなんです。そもそも英語ができなかったので、英語でドイツ語を説明されても分からないという。最初の何か月かは英語ができない人のクラスで英語の勉強をして、もう大丈夫となったら普通のクラスに移されるはずだったんですが、私はまったく大丈夫じゃないのに先生が「積極的にコミュニケーションをとるタイプだから外に出たほうがいいだろう」と判断して、短い期間でそのクラスを出されちゃったんです。その時はそういうものだと思いましたが、その結果、もう半泣きでしたね。大変でしたが、でもなんとかなりました...というか、辛いことはあまり憶えていないです

――読書生活はいかがでしたか。

 小学生の時から好きだったものを続けて読んでいました。それと、一時帰国した時に、たしかジュンク堂で田中芳樹さんの『創竜伝』を見つけたんですよね。小学校高学年の頃にCLAMPさんを知ってからハマっていたんですが、講談社文庫の『創竜伝』のカバーがCLAMPさんだったんです。それで買ったらもちろん中身も面白くて。政治的な諷刺がいっぱいあるのも新鮮で、そこから田中芳樹さんの作品をかなり読みました。

 住んでいる街に、私は通っていなかったんですが日本人学校みたいなところがあって、そこでフリーマーケットが開かれるんです。日本の漫画雑誌の古い号も売っていたりして、なかなか手に入らないものだから買ったんです。「LaLa」でした。そこに若木未生さんの『ハイスクール・オーラバスター』のコミカライズが載っていたんですよ。連載の途中でしたけれど、モノローグが格好よくて印象的で、それで高いのに「LaLa」を取り寄せて読むようになり、原作も買いました。"沼"ですよね(笑)。

 このシリーズは昨年完結したんですよね。たぶん、私が最初に読んだコミカライズは『セイレーンの聖母』(シリーズ第2巻)でした。文章がすごく好きだったので、フレーズを書き写したりしていました。文体にハマった最初の作家は若木未生さんかなと思います。

 その頃、日本人女子の間では講談社のティーンズハートが流行っていました。折原みとさんや倉橋燿子さんの作品を回し読みしていましたが、私は結局ファンタジーのほうが好きで、田中芳樹さんの作品を読んでいたりしました。

 あと、CALMPさんがイラストというだけの理由で、『NIGHT HEAD』の単行本も買って、超能力者たちの暗い話にハマり、新刊を待ち望んで買うようになりました。海外にいたからドラマは観られなくて、あとからVHSで追いかけました。

 それと、中高生くらいの時に、先輩に借りて富士見ファンタジア文庫から出ている竹河聖さんの『風の大陸』とか麻生俊平さんの『ザンヤルマの剣士』のシリーズとか、そのあたりを読んでいます。今のライトノベルとはまた違う感じで、文章もお話がすごく骨太で、すごいな、面白いなと感嘆しながら読みました。スニーカー文庫では深沢美潮さんの『フォ-チュン・クエスト』も世界観が作り込まれていて好きでした。講談社のホワイトハートで小野不由美さんの『十二国記』も読みました。それと、この頃はホラーはほとんど読んでいなかったんですが、なぜか『リング』は読んだんです。旅行先に持っていって、両親がゴルフか何かをしている間にホテルで読んだんです。映画版はちょっと違いますが、原作は呪いの正体を推理で解き明かしていくんですよね。それが面白くて、その頃は小説家志望でもないのに、「これを書いたのが私だったらよかったのに」と思ったんです。「こんなに面白いもの、書けないよー」って

――その頃もご自身で小説は書いていたのですか。

 書いていました。黒歴史ですが(笑)。ノートに書くだけで、賞に送ったりはしていません。コバルト文庫にありそうな、高校生とか中学生の間で緩やかな事件が起きる青春ものとか、ファンタジーとか...といってもハイファンタジーではなくて、サーカスの人たちと街に住む女の子が交流する話で、その女の子の問題を解決してサーカスが去っていく話とか。誰にも見せられませんが、探せば家にノートが残っていそうで怖いです(笑)

ロンドンで講談社ノベルスに出合う

――高校時代はロンドンで過ごされたわけですよね。こちらでもインターナショナルスクールに通ったのですか。

 そうです。アメリカ資本の学校で、みんなアメリカン・スクールと呼んでいました。イギリスなのに英語もアメリカンでした。

 この頃に、講談社ノベルスに出合ってしまうんです(笑)。有栖川有栖先生、森博嗣先生、京極夏彦先生にがっつりハマりました。何が最初だったか憶えていないのですが、森先生の『すべてがFになる』が1996年刊行なので、16歳の時だったのかな。京極先生の『塗仏の宴 宴の始末』は発売を待って買った記憶があるので、1998年にはもうハマっていました。日本語の新聞の広告に載っているのを見て誕生日プレゼントにねだって、日本に出張していた父親に買ってきてもらったんです。高里椎奈さんの『薬屋探偵妖綺談』シリーズにもハマりましたが、これは第一弾が1999年刊行なので少し後の話ですね。

 高校生の時は、ロンドンの自宅から徒歩でいけるところに日本語の本屋さんがあったんです。その頃はお小遣いをもらっていたので、もらうと握りしめてその本屋さんに行っていました。そこで有栖川先生の『46番目の密室』とか『ダリの繭』を買ったのは間違いないです。本にポンドの値段シールがついていますから。

 あとすごく憶えているのが、その本屋さんで宮部みゆきさんの『龍は眠る』を買ったこと。なんの先入観もなくあらすじを読んで、超能力、少年、苦悩、ミステリ...といった内容に惹かれて買いました。それがすごく面白くて。宮部さんがデビューされてまだそれほど経っていない頃で刊行点数も多くはなかったので、『魔術はささやく』など既刊を全部読み、「この人の作品は全部面白いぞ」となってその後は新刊が出るたびに買うようになりました。宮部さんが書いているからと、『本所深川ふしぎ草紙』ではじめて時代小説も読みました。

 それと、たしかこの頃、NHKで北村薫さんの『覆面作家は二人いる』がドラマ化されて放送していたんですよね。ドラマ版は「お嬢様は名探偵」というタイトルで、主演のともさかりえさんが可愛くて。それもミステリというより名探偵の魅力で見ていたんですが、原作を読んで「この作家の作品が好き」となり、「円紫さんと私」のシリーズを手にとりました

――近所の書店に日本の本があってよかったですね。

 ちょこっとだけ日本の本を扱っている古書店もありました。海外で日本の新刊本を買うと高いので、古本屋さんで面白そうな本があるととりあえず買っていたんですが、そこで出合ったのが長野まゆみさんでした。それまでミステリやエンタメばかり読んでいたんですけれど、それとはまた違う、長野さんのなんともいえないあの素敵な世界観に魅了されました。私にしては珍しいハマり方でしたが、長野さんファンってきっとみんなそうですよね。文章も漢字にあえて難しい字を使っていたりして、食べ物も美味しそうで。一時帰国の際には長野さん作品のポストカードや鉱物が売っているお店でいろんなグッズを買いました。

――その頃、英語の本も読まれましたか。

 読んでいましたが、はやく読めるので日本語の本を読むことが多かったですね。でも授業で時々、すごく面白い短篇に出くわすことがありました。大人になってから海外の短篇集を読んでいると、「あ、あの時読んだのはこれだ!」ということがあります。

 よく憶えているのが4作あるんです。アンソロジー『八月の暑さのなかで』の表題作と、シャーリイ・ジャクスンの「くじ」。それと「The Chaser」というタイトルの短篇で、主人公の青年が片想いに悩んで、なんでも望む薬が手に入る店に来るんです。人を殺す薬は高いけれど、惚れ薬は安い。主人公は喜んで惚れ薬を買うんですが...。ちょっと不穏な感じで終わる話です。それは、ジャック・コリアの『予期せぬ結末 ミッドナイト・ブルー』を読んでいたら「またのお越しを」というタイトルで出てきて、「これだー!」って思ったんですよね。

 まだ邦訳に出合えていないのが、うろおぼえですが「mist」というタイトルの短篇です。キングの「ミスト」じゃないんですよ。悪いことをした主人公が霧の中で人に会って、悪事を見られたと焦ってどうにかしようとするのだけれど...という話です。ぼんやりとしか憶えていないんですが、いずれ名のある作家の短篇だったんだろうと思います。

――読書以外で好きだったことってありますか。

 人並に音楽も聴いていたし、乗馬もやっていましたが...。なんだろう。ああ、演劇でしょうか。イギリスでもブロードウェイミュージカルを上演しているので、せっかくだから観られるうちにいろいろ観よう、ということで「オペラ座の怪人」やアガサ・クリスティーの「ねずみとり」などを観ました。最後に「このオチは口外しないでください」って言われる舞台ですね。私の初アガサ・クリスティーはその舞台だったかもしれません。ミュージカル音楽も好きで、CDを買って聴いたりしていました

「活字倶楽部」とBOOKSルーエ

――大学進学で日本に帰国されたのですね。

 家族の帰国が決まっていたんです。一応、私はイギリスの大学に行ける資格は取っていたんですけれど、日本のほうが本が手に入りやすいし3分の1の値段で買えるし......と、自分も帰国したいと思い、東京の大学に進学しました

――織守さんはのちに弁護士になるわけですが、法学部に進んだのですか。

 いえ、それが法学部のない学校に進学したんです。当時は別に何になりたいとも思っていなかったので、何回か帰国して見学して、そのなかでいちばん環境がいいなと思ったICU(国際基督教大学)だけ受けて進学しました

――ああ、すごく環境がいいですよね。

 すごくのどかな学生生活を送りました。図書館も近くにあったのでいつも上限の冊数まで借りて読んでいました。行けば本がいっぱいあるので、天国かと思いました(笑)。当時、私の周りでは「銀英伝」(『銀河英雄伝説』)が流行っていました。友人が政治学の授業の間にこっそり「銀英伝」を読んでいたら、期末試験の設問が「この授業で学んだことを書きなさい」という一行だけで。友達は「銀英伝」のヤン・ウェンリーが言っていた「民主主義とは」「絶対君主制とは何が違うか」といったことを書いてA評価をもらったそうです。政治学の授業中に学んだには違いないよね、って(笑)。

 そんな感じで、のんびりと、小説を読んだり書いたりしていました

――どんな本を読んでいましたか。

 田中芳樹さんをはじめ、それまで好きだったものを続けて読んでいました。『アルスラーン戦記』は今読み返しても最高です。『創竜伝』は最後の2巻は発売初日に買ってあるんですが、時間がある時に1巻から続けて読もうと思ってまだ取ってあります。

 それと、「活字倶楽部」という雑誌があったんですよね。捨てずにとってあるいちばん古い号が1999年春号なので、大学生に買い始めたのは間違いないです。この雑誌で面白そうな本を知って読む、という習慣がこの時期に始まるんです。それで、京極先生たちに限らず講談社ノベルスを片っ端から読むようになりました。摩耶雄嵩さんを読み、舞城王太郎さんの文体に痺れ...。

 たぶん、この頃に乙一さんも読み始めて、次々新刊が出るので買っていました。今好きな作家にはこの頃に出合っていますね。

 三浦しをんさんも「活字倶楽部」で知って、デビュー作の『格闘する者に〇』を読みました。その後、新刊を出たら追いかけている人です。それまで小説ばかり読んでいたけれど、三浦さんはエッセイも本当に面白いんですよね。笑い転げながら読んでいます。最初のエッセイ集の『極め道』とか、『しをんのしおり』とか。大好きです。

 北方謙三さんの「ブラディ・ドール」シリーズも「活字倶楽部」で知って読みました。それまでハードボイルドは読んでいなかったけれど、特集しているし読んでみるかと思って古本屋で2冊くらい買って「これは面白い!」となって、古本で買ったことを詫びつつボックスで買い直しました。「活字倶楽部」のおかげで読書が広がりました。

 子どもの頃に怖くて読めなかった漫画の『アウターゾーン』を読んだのもこの頃です。小さい頃は怖がりで、「世にも奇妙な物語」みたいなものは怖くて避けていたんですが、読んでやっぱり面白いなと思いました

――ああ、それまでホラー系は『リング』以外はあまり読んでいなかったのですね。

 そうですね。大学生の時か院生の時かうろおぼえなんですが、図書館でたまたま手にとったのが朱川湊人さんの『都市伝説セピア』という短篇集でした。これがすごく面白くて、自分で単行本を買い直しました。でもみんなあまり知らなくて、「こんな面白い作家がいるのになぜ知らないの?」と思っていたんです。そうしたらそのちょっと後に直木賞を受賞されて、『都市伝説セピア』が単行本第一作だったと知りました。収録されている「昨日公園」は私にとってオールタイムベストに入る短篇です

――「昨日公園」は、どんなところが織守さんに響いたんでしょうか。結末はネタバレになるので書けませんが。

 まず、1日が繰り返されるという設定ですよね。小学生の男の子が、友達が死んでしまう1日をループするなかで何度もその死を防ごうとする。どうしても止められないとなった時の彼の決断と行動にぐっと来た後に、もうひと展開あるんです。ぞっとして終わってもいい話なのに、こんなふうに終わるんだっていう。導入部分からずっと面白くて、どこかひとつとっても良いのに、さらに最後でこうなるのか、って。これまでに2回、「世にも奇妙な物語」でドラマ化されているんです。最初のドラマ化は恋人同士の話になっていて原作の良さが活かされていなくて、2番目のドラマ化では母と子の話でマシになっていますが、やっぱり原作がいちばんいいんです。すごく好きです。この頃になると自分の作風に近いものを読んでいるなと思います

――外小説は読みましたか。

 この頃は読んでいなかったんです。でも『ハリー・ポッターと賢者の石』が出た時は夢中になって読みました。海外ファンタジーは他も読みましたが、ハリポタが一番好きでした。1巻が出て2巻が出る直前くらいに読み始めて、1年に1冊出るのを楽しみにして、英語版を一足先に読んでから日本語版が出たらそれも読んでと、リアルタイムで楽しめたんです。作者がインタビューで「次の巻ではこういうことが起きます」みたいなことを話すので、それもひとつの仕掛けになっていたと思います。私は今幸せな読書をしているなって思っていました

――小説以外は、三浦さんのエッセイの他にはどんなものを?

 笹公人さんという歌人の『念力姫』という歌集を吉祥寺のBOOKSルーエで見つけたんです。一首一首に物語性があって面白くて、そこから彼の既刊の作品を全部買って、新刊が出たら買うようになりました。今でも大好きな歌人さんです。短いなかに何をどう切り取るか難しいだろうけれど、言葉の選び方もすごくよくて。短歌って小説とは違う良さがあるし、学ぶところがすごくあるなと感じています。自分では作れませんが。

 BOOKSルーエではこれも買ったんですよ(と、本を掲げる)。マックス・エルンストの『百頭女』。絵に一言が添えられている独特な本で、たしか森博嗣先生のエッセイに出てきて興味を持っていたところ、ルーエにあったので買いました。

 もういらっしゃらないんですが、当時のルーエには花本武さんという書店員さんがいらしたんです。店頭の棚がすごくよくて、いつも「こ、これは...!」と思わせる選書なので、「あの素晴らしい棚はどなたが...?」と訊いたら「あ、僕です」って、花本さんが。花本さんの選書の棚で私はいろんな本を読みました。その後私も引っ越してルーエに行かなくなったんですが、2、3年前に偶然、文学フリマで花本さんにお会いしたんですよ。「織守と申します。以前お世話になりました」とご挨拶しました

突然、弁護士を目指す

――大学生時代、小説家になりたいと思っていましたか。その後弁護士になられたのは、どういう経緯だったのでしょう。

 大学生の頃には、いつかは小説家になりたいと思っていました。

 4年の時に、ふと日本では就職活動は3年の時に始めるものだと気づき、もう間に合わないと思って。出遅れたということもありますが、出版社は憧れるけれどハードルが高いし、それ以外特に行きたい会社もないなとなった時、資格をとって仕事をしながら小説を書いたほうがいいのでは、と考えたんです。でも、医者といっても私は理系ではないし、警察官は身長と体重でたぶん難しいし...などと思いながら調べていたら、ちょうどロースクールができると知って。ロースクールの試験は読解とIQテストみたいなものだけなので、これはいけるかもしれないと思ってロースクールに進み、3年勉強して司法試験を受けました

――わあ。それまで法律の勉強をしてきたわけではないですよね?

 そうなんです。ロースクールは3年勉強して司法試験に合格するための学校だと謳われていたので、それを馬鹿正直に信じて入ったわけですよ。でも周りはみんな法学部卒業だったりして、入ってから話が違うと思って。授業でも、みんなが分かっていることを私だけ全然分からないんです。「六法の六は何ですか?」と訊かれて「憲法と民放と刑法...」と止まって、「刑法と言えば?」と言われてようやく「ああ、刑事訴訟法と民事訴訟法」となり、最後まで「商法」を思い出せないまま、という感じで。参考書も伊藤塾からいろいろ出ていることを知らないので、賢そうな人に訊いて教えてもらいました。なんとかなってよかったです

――その間の読書と執筆は。

 最初の1、2年は読んだり書いたりしていたんですけれど、最後の半年はまったく書かず読まずで勉強していました。

 ロースクールに入る直前か直後くらいに、カドカワエンタテインメントNext賞に応募して、即デビューには至らなかったけれど担当はついたんです。でもその方が異動したり、私も試験前の半年間何も書かずに勉強しているうちに、連絡がつかなくなりました。私も、弁護士になって仕事をしながら書き続ける立場になりたかったので、まずは試験勉強を頑張ろうと思っていたので

――弁護士になってからは。

 東京の弁護士事務所に就職しました。面接の時に「7時が定時とありますが本当ですか?」などと確認して社長の言質を取りました(笑)。初日も、最初が肝心なので、自分の仕事を終えて7時になったら「帰ります!」と言って。先輩に「帰るの?」と訊かれて「ええ、おつかれさまです!」と言って、この人は定時になると帰るんだなと印象づけました。そうして帰宅して小説を書いていました。新人賞の応募も始めましたが、働きながらなのでそんなにいっぱい書いていたわけではないです

――その頃はどのようなものを書いていたのですか。

 いろんなものを書いていろんなところに出そうとしていました。そのなかでデビュー作となった『霊感検定』は最初、ライトノベルに寄せたつもりで書いて、ライトノベルの賞に出したんです。そこは一次選考に落ちても評価を教えてくれる賞で、一次で落ちたんですがコメントに「面白く読んだけれどライトノベルの文体ではないと思う」みたいなことが書かれていて。じゃあこれは一般文芸に出したほうがいいのかなと考え、ちょこっと手直しをして、同じように応募作全作に評価を出してくれる講談社BOX新人賞"Powers"に応募しました。ただ、BOX新人賞は尖った作品が多いから、パンチが足りないと言われると思っていたんです。次に応募する作品でパンチを出してふり幅を見せようと思っていたら、思いがけずデビューできることになりました

――『霊感検定』でデビューが決まったのに、その後プロでも応募できる日本ホラー小説大賞に応募して『記憶屋』で読者賞を受賞されましたよね。それはどうしてですか。

 デビュー後3冊出したのですが、3冊目の途中で担当編集者さんが異動したことと、BOXレーベルからの刊行点数が減ってきたことで、次の本は出ないかもしれない気配を感じたんです。担当者さんの異動先の「小説現代」で弁護士もの(『黒野葉月は鳥籠で眠らない』)を書き始めたりはしていたんですけれど、その人がもしまた別の部署に異動になったら私は消えるな、と思いました。

 その頃、同じくBOX新人賞からデビューしていた岩城裕明さんが日本ホラー小説大賞で佳作に入ったんです。『牛家』という作品です。なるほど再デビュー組でも応募できる賞なんだなと思って、『記憶屋』を応募して、翌年読者賞を受賞しました。私が応募したのは澤村伊智さんの『ぼぎわん』(刊行時タイトルは『ぼぎわんが、来る』)と同じ回だったんですよ。読んだらめちゃくちゃ面白くて誰がどう読んでも大賞だと思ったので、読者賞を獲れてよかったです。

 BOX新人賞は、才能があるのに時代の流れで本が出にくくなった人がいっぱいいるんです。浅倉秋成さんもそうでしたし。消えずによかったね、と話しています

――能力に差はあれど霊感を持つ生徒たちと、生徒に霊感検定を受けさせる図書室の司書が成仏できない霊の相手をする『霊感検定』も、忘れたい記憶を消してくれると噂される謎の人物をめぐる『記憶屋』も、シリーズ化しましたよね。応募する時にシリーズ化は頭にありましたか。

 『霊感検定』はかなりキャラクターを立てたので、書けと言われたら書けるとは思っていました。「続篇を書いて」と言われて嬉しかったです。『記憶屋』はぜんぜんシリーズ化するとは思っていなかったんです。

 KADOKAWAホラーのファンの方から「ぜんぜん怖くない」と言われるだろうから、次にすごく怖い話を書いて「私は怖いものも書けるんですよ」とプレゼンするつもりでした。そうしたら担当者から「『記憶屋』の切ない感じが好きで読もうとする人が混乱するから怖くしなくていい。続篇を書きましょう」と言われて。続篇は考えていなかったので最初は動揺しました(笑)

――ところで、ペンネームの由来は。

 BOX新人賞に出す時、書き上げてから慌てて考えたんです。ちょっとライトノベルっぽくかっこつけて奇抜さがあって、でも派手すぎない名前がいいなと思った時に「キリハラ」とか「オリハラ」という苗字が浮かんだんですが、当時大人気だった『デュラララ!!』の大人気キャラと被るから避けることにして。でも音の感じが気に入ったのと、『タイガー&バニー』の推しが折紙サイクロンだったので、「『オリガミ』って響きは可愛いな」と思って......適度にかっこつけていて、かつ派手すぎない感じの字を当てました。下の名前は男性か女性か分からない感じにしようと考えているうちに「きょうや」の響きが気に入りました。漢字も考えましたが「鏡」や「響」は画数が多いし、いっそひらがなでいいのでは、と。慌てて適当につけたものでしたが、受賞が決まった時に担当者からも「名前はこれでいきましょう」と言われ、そのままペンネームになりました

デビュー後の読書と自作

――さて、プロになってからの読書生活は。

 相変わらず昔から好きな作家さんたちを読んでいますが、最近は海外翻訳ものもわりと読むようになりましたし、人にお薦めを訊くようになりました。人の読書日記も好きで、桜庭一樹さんの「桜庭一樹読書日記」のシリーズはウェブでも読んでいたので、そこから面白そうだなという本を読んだりして、読書の幅が広がりました。

 読むものは仕事柄ホラーとミステリに偏ってはいますが、ジャンルに関係なく読むようにしています。30代になってからはじめて上橋菜穂子さんを読んだりしました。名前は前から知っていたんですが、たまたま『精霊の守り人』シリーズを読んだら最高に面白くて、『鹿の王』を読んだらこれもまた最高に面白くて。『獣の奏者』は全部買ってありますが、楽しみのために読まずにとっていたんです。でも今年、上橋さんが新刊の『香君』を出されたので、どちらかは読んでもいいかなと思っています。

――好きな作家の作品は何冊か未読のものを残しておくんですね(笑)。ホラー作家だとどういう方がお好きですか。

 恒川光太郎さん、澤村伊智さん。それと、ホラーとして楽しんでいるわけではないんですけれど、矢部崇さん。あまり新刊がないんですけれど、KADOKAWAホラー文庫や早川書房から本を出している方で、文章がすごく独特なんです。天才なので、狙って書いているわけではなのに狙わないと書けないような、癖になる文章を書く人です。『魔女の子供はやってこない』は電子書籍で読み、どうしても紙の本でも欲しくなったんですがなかなか手に入らなくて、こないだやっと重版がかかったので入手しました。人間の女の子と魔女の女の子が仲良くなる話、というと明るい内容に聞こえますが、それが血まみれのぐっちょんぐっちょんな展開になって、なのになぜか謎の感動があるんです。訳が分からないけれど面白いというか、一文を繰り返して読んでしまうという楽しみ方ができるんです。業界にファンが多くて、先日は青崎有吾さんが矢部さんに会って握手を求める姿を目撃しました(笑)。

――翻訳小説はどんな作品が好きですか。

 やっぱりミステリとホラーが多いですね。私、キングも大人になってから読んだんです。イギリスにいた頃にテレビで放映していたあの気持ち悪いドラマはキング原作の『痩せゆく男』だったんだなとようやく気付いたりして。

 好きなキング作品はなんだろう...。全作読んだわけではないのですが、『ファイアスターター』とか。「ミスト」は映画の衝撃が強かったしな...。あ、いちばん好きなのはリチャード・バックマン名義の『死のロングウォーク』です。『バトル・ロワイアル』のモデルになった小説とも言われていますが、一人だけ生き残るレースに参加してしまう少年の話で、どうせ主人公は生き残るんだろうなと思わせておきながら、その過程を飽きさせずに読ませるんですよね。それぞれが脱落していくシーンもすごく読ませる。

 それと、ジェフリー・ディーヴァーも読まずにきてしまったんですが、『オクトーバー・リスト』が評判だったので読んだら本当に面白くて。やっぱり面白いと言われている作家は読まなきゃいけないなと思いました。

――『オクトーバー・リスト』は、最後の場面から始まり、一章ごとに時間が遡っていく作りですよね。

 そうです。オチから始まっているのに、よくあんなサスペンスが成り立つなと思いますよね。他には、アガサ・クリスティーも英語で何冊か読んだだけだったのですが、何かの拍子に日本語版を読んだらすごく面白かったので、今は日本語版で1年に何冊か読んでいます。

――ころで、今のお住まいは神戸ですよね。東京から引っ越されたんですね。

 東日本大震災の直後、神戸で一人で暮らしている母親が帰ってきてほしそうだったんですよね。確かにお互いに心配だったんです。ちょうどその頃、働いていた事務所が神戸に支社を作るということになったので、そちらに移りました。そのままずっと二足の草鞋を続けていたんですけれど、去年の半ばに弁護士登録を消して専業になりました。黒字のうちは専業で、3か月平均が赤字になったらまた登録すればいいかな、と考えたんです。今村昌弘さんには「1回専業になったら兼業には戻れないよ」と言われていますが(笑)。

 専業になって劇的に何かが変わったということはないんですけれど、余裕はできました。弁護士だった頃は「明日は刑事裁判だ」と思うと寝るまでずっとそのことを考えていましたが、今は小説のことだけを考えていればいいので精神的に余裕ができたし、仕事も断らないですむようになりました。

――1日のタイムテーブルは。

 あまり決まっていないんですけれど、だいたい午前10時から書き始めて、お昼を食べてまた書いて...。外で考えようと思って出かけることもあるので、何時から何時まで書くと決めているというよりは、1日2000字は書こうとか、そんな感じです。

――夜型ではないんですね。

 ああ、12時半には寝てしまいます。作家仲間とzoom飲み会をして夜が明けることはありますが(笑)。前に呉勝浩さんと葉真中顕さんと芦沢央さんと読んだ本について語ろうということになったんですが、呉さんだけばっちり昼寝をしてたんですよ(笑)。芦沢さんはお子さんの世話もあって大変だし、2時半くらいになった頃に私が「そろそろ...」と言ったら葉真中さんも「織守さんよく言ってくれた」となって、そうしたら呉さんが、芦沢さんが今まさにハマっている竜王戦の話を出してきて、それで朝までになりました(笑)。下村敦史さんや今村昌弘さんも呉さんにつきあって朝になったという話を聞きますが、でも呉さんってああ見えて作風ほど無頼じゃないんですよ。お酒を飲んでも品があるというか、酔ったらさらに小説について熱く語るんです。新刊が出るから献本すると言っても「あんたたちの本くらい自分で買うよ」って言う人です。って、呉さんの話になってしまいました(笑)。

――織守さんはいろんな題材を扱っていますが、新作のテーマはどのように決めているのですか。

 前は「なんでもいいから」と言われることが多かったんですが、最近は「こういう路線で」と言われることが増えました。言われてから考えることもあれば、ストックの中から合いそうなものを持ってきてチューニングすることもあります。ミステリとかホラーの依頼が多いなかで、最近だと百合小説を書いてくれと言われて、あれは新鮮で楽しかったです。

――『彼女。百合小説アンソロジー』に参加されていましたね。ちなみに、ご自身の小説のジャンルについてどんな思いがありますか。

 弁護士ものの『黒野葉月は鳥籠で眠らない』に収録した「三橋春人は花束を捨てない」を『ベスト本格ミステリ2015』の収録作に選んでいただいた時に、はじめてミステリ作家と名乗ってもいいのでは、と思えました。そこから「ミステリやホラーを書いています」と言えるようになりました。

 それまでは、ミステリといえば本格ミステリ、という意識があって......自分が読む時は気にしないんですが、書く側としては、密室などのトリック、仕掛けがあって、推理を経てそれ以外ないよねという結論にたどり着くものでないと本格ミステリとはいえない気がしていて、私にとってはハードルが高かったんです。でも「広義のミステリ」という言い方もあるので、まあいいかなと思うようになりました。

――いつもミステリとして面白く拝読していますよ。謎が解けた時の「うわあ...」という点で『花束は毒』は怖かったですね(笑)。現時点での新刊は『だたし、無音に限り』の続篇『夏に祈りを ただし、無音に限り』ですよね。これは霊の記憶が視える探偵が主人公で、ただしその人が死んだ場所で眠らないと視えないし、音は聞こえないという。こういう不思議な設定がユニークですが、どのように作っているのですか。

 あれはどういう条件なら謎と解決が成立するか考えて、そこから逆算して設定を考えました。いつも、ファンタジーや魔法の要素を入れるにしても、なんでもアリにならないようにルールは作ります。世界観を作り込むというよりも、物語の成立に必要なところを矛盾ないように作る感じです。

――このシリーズはとっても聡明な少年、楓君とのコンビもいい味ですよね。さて、今後のご予定は。

 今年はデビュー10周年ということもあって、結構本が出るんです。4月に光文社からアンソロジー『Jミステリー2022 SPRING』が出たばかりで、5月には集英社から『短篇アンソロジー 学校の怪談』、6月にはKADOKAWAから男子高校生2人のバディもののライトミステリ『学園の魔王様と村人Aの事件簿』が出ます。これは2人の男の子の関係性に重きを置いて、そこにミステリ味をつけたような小説です。円居挽さんが『キングレオの帰還』を刊行された時に、似たようなことをおっしゃっていて、「なるほどその説明ならプレゼンしやすい!」と思っていました(笑)。

 他には7、8、9月の連続刊行で『黒野葉月は鳥籠で眠らない』と続篇の『301号室の聖者』の文庫新装版、新作の単行本が双葉社から出ます。もともとこのシリーズを出していた講談社と揉めたわけではなくて、講談社では別のエンタメ作品を書くことになったので、このシリーズは双葉社さんで続きを出すことになったんです。穏便です(笑)。

 それと今、年一回「オール讀物」で江戸時代を舞台にした本格ミステリっぽいものを書いているんです。昨年の7月号に一作書いて(「まぼろしの女」)今度の7月号にまた次の短篇が掲載されます。

――時代ものも書かれるんですか。

 時代ものじゃないとできないことがあるので書いてみたかったんです。呉さんや芦沢さんにも「どうやって書いたの?」と訊かれました(笑)。もちろん参考資料はいっぱい読みましたが、もし何か間違いがあったら時代小説に関して百戦錬磨の「オール讀物」の担当者さんが指摘してくれるので助かります。書く時はまず宮部さんの時代小説を読んで、気分を盛り上げてから取り掛かっています(笑)。

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