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「この道の先に、いつもの赤毛」書評 中年男が見つけた本当の気持ち

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月04日
この道の先に、いつもの赤毛 著者:小川 高義 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152100917
発売⽇: 2022/03/16
サイズ: 20cm/239p

ボルティモアの郊外で、コンピューターの便利屋をしながら独り暮らす43歳のマイカ。ある日、マイカの息子だと名乗る青年が彼の元を訪れる。さらに、恋仲の女性には別れを告げられ……

「この道の先に、いつもの赤毛」 [著]アン・タイラー

 〈マイカ・モーティマーのような男は、何を考えて生きているのかわからない〉
 アン・タイラーの新作であるこの物語は、そんな一文から始まる。
 主人公のマイカはボルティモア北部に暮らす40代の独身男。職業はコンピュータの便利屋で、ほとんど人付き合いのない日々を送っている。朝のランニングや食事、掃除、運転などを決まった手順でこなす彼は、まるで同じ日を繰り返すために生きているかのようだ。
 しかし、彼はそうすることで、いったい何から身を守っているのだろう。変化だろうか、それとも、孤独だろうか……。なるほど、マイカ・モーティマーのような男は、何を考えて生きているのか分からない。
 ところがある日、そんな彼のもとにかつての恋人の息子が現れる。自分を父親だと主張する青年の登場によって、慎重に維持されていた日々に小波が生じ始める。さらに、ある行き違いから今の恋人にも別れを告げられてしまい――。
 アン・タイラーという作家は、人生の深みというものをなんと巧みに描いてしまうのだろう、と思う。淡々として変わらない日常にも、小さな変化はいつだって起こっている。見慣れた道の先にある消火栓が、ふとした瞬間、小柄な赤毛の人に見え始めるように。
 誰にでも取り戻せない歳月がある。どんなに心を揺さぶられた経験もいずれは色褪(あ)せ、ぼんやりとした痛みを残したまま、凪(なぎ)のような記憶となっていく。しかし、そうした記憶がふとした際、再び新たな意味を持ち始め、「いま」を生きる自分の姿を照らし出すこともある。一人の中年男の心の機微と哀愁を描くその筆致は、まるで魔法のようであった。
 物語の中で本当の気持ちを見つけ出し、ある選択をするマイカの姿に思わず胸が詰まった。型通りであったはずの日々において、彼もまた自分を探す旅をしていたのだ――そんな思いにとらわれたからだ。
    ◇
Anne Tyler 1941年生まれ。米国の作家。著書に『ブリージング・レッスン』(ピュリツァー賞)など。