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柴田ケイコ「パンどろぼう」 「まずい」の顔で人気者に

 顔じゅうにシワをよせ、目はうつろ、舌をだらりとたらし、放つ言葉は……「まずい」。かつてこんなひどい表情で人気者になった主人公なんていただろうか。

 自らを「おおどろぼう」と名乗り、ぬすんだパンをかついで颯爽(さっそう)と走り去る。その鮮烈な始まり方にも負けていないのは、主人公の姿。食パンから手足がのび、目と鼻だけが飛び出し、おまけにひげまで生えている。なんてインパクト。何がどうしてこうなった? そんな疑問はさておき、この子の動きが終始ずっと面白くて、ずっと可愛いのだ。幸せそうにパンを食べる姿、新しいお店のチェックに余念のない姿、店主の目をぬすみながらサササッと店内を移動していく姿さえ。彼がどんなに邪悪な目をしていても、釘付けになってしまう。ああ可愛い。

 つやつやふっくら愛(いと)しのパン。今日も大きな口で「いただきま~す!!」。この流れから想像するのは、どう考えても美味(おい)しくて感動する場面。ついでに改心しちゃえばいいのに。ところが、ここで冒頭の場面へとつながるのである。まさかの展開に動揺。あれ、これ何の話だっけ? 大人の読者は迷子になり、子どもたちは大笑い。パンどろぼうは立場を忘れて怒りだす。おじさんの作るパンのまずさ、恐るべし。それが意味するものとは……。理屈で理解しようとしている間に、パンどろぼうはとっくに新たな道へとまっしぐら。人生、どんな出来事が影響するのか予測もつかないということなのか。好きな道というのは、ワクワクするほど複雑だ。

 「にせパンどろぼう」に「なぞのフランスパン」。2作目、3作目が出るたびに新たな混乱が巻き起こる。何がどうしたらこうなるの!? 無意識に発している自分の笑い声にも驚く。お決まりで登場するゆがんだ顔を見ながら、もう理屈なんてどうでもよくなってくるのである。うう、力が抜ける……まいった。=朝日新聞2022年6月11日掲載

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 KADOKAWA・1430円=26刷42万部。20年4月刊。第2作『パンどろぼうvsにせパンどろぼう』14刷24万部、第3作『パンどろぼうとなぞのフランスパン』6刷19万部。