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「マイホーム山谷」書評 誰かを支えて自分も救う過剰さ

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月25日
マイホーム山谷 著者:末並 俊司 出版社:小学館 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784093888578
発売⽇: 2022/04/26
サイズ: 19cm/245p

「マイホーム山谷」 [著]末並俊司

 東京のドヤ街として知られる山谷は近年、労働者の街から福祉の街としての色合いを強めている場所だ。その変化を担った重要な施設の一つに、ホームレスのためのホスピス「きぼうのいえ」がある。山田洋次監督の映画「おとうと」のモデルにもなり、マスメディアでも取り組みが多く紹介されてきた著名な施設だろう。
 だが、本書の主人公である創設者・山本雅基氏は数年前に理事を退任、全てを失っていた。施設をともに作り上げた妻とも離別し、生活保護を受けているという。一度は〈山谷のシンドラー〉とさえ呼ばれた彼が、なぜいま、同じ山谷で福祉の担い手から受け手へと変わったのか。著者は山谷に通い、山本氏の歩みと“いま”を見つめようとしていく。
 「取材者」としての垣根を超えた関係を築きながら、本書が浮かび上がらせていくものがある。それは繊細にして過剰、様々な矛盾を抱えた山本氏の苛烈(かれつ)で不器用な生き方だ。人の弱さに強く共鳴し、そのことで自身も傷つき、「誰かを支えること」によって自らをも救おうとする。そのなかで多くの失敗と喪失を抱えていった人のむきだしの姿、と言えばいいだろうか。
 著者は本書の取材を始める頃、両親を介護の末に立て続けに看取(みと)ったばかりだった。喪失の最中にあった彼が山本氏に「僕をサンプルにして、この山谷という街を表現してみてくれないか」と頼まれる場面が、読後、強く心に残っていた。この言葉通り、山本氏という「窓」を通して山谷のこれまでを描き、高度経済成長を下支えした人々の声を著者が懸命に刻もうとしていたからである。
 ときにノンフィクションには、「対象」によって書き手が巡り合わせのように選ばれ、その思いをまるごと託されていくような作品がある。「きぼうのいえ」創設者の一筋縄ではいかない半生と変わりゆく山谷の姿を重ねながら、私はこの本もまた、そんな作品の一つだと感じた。
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すえなみ・しゅんじ 1968年生まれ。介護ジャーナリスト。本書で第28回小学館ノンフィクション大賞受賞。