1. HOME
  2. 書評
  3. 「大惨事の人類史」書評 繰り返して何を学び、喪ったか

「大惨事の人類史」書評 繰り返して何を学び、喪ったか

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月02日
大惨事の人類史 著者:ニーアル・ファーガソン 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784492371312
発売⽇: 2022/05/20
サイズ: 20cm/521,109p

「大惨事の人類史」 [著]ニーアル・ファーガソン

 人類の歴史は、多くの大惨事を体験しながら編まれてきた。この大惨事には戦争、大事故、各種の感染症などが含まれるのだが、これらを通して人類は何を学び、何を喪(うしな)ったのか。
 大惨事は予測できない。せいぜい歴史から「反脆弱(ぜいじゃく)な社会構造と政治構造の作り方」を学び、全体主義的な支配に抗(あらが)う方法を知ること、と著者は説く。
 むろん執筆の動機は、新型コロナウイルス後の世界史を読み解く点にある。著者によると、推定世界人口の1%を超える犠牲者が出たパンデミックは、有史以来おそらく7回あったという。1340年代の黒死病などだ。戦争で世界人口の0.1%を超える人々が死んだのも7回と推測される。20世紀の二つの世界大戦の死者数は群を抜いている。それでも全体としてみると、戦争より病原体のほうが致死率が高い。
 このパンデミックは「大戦争と同じぐらいの頻度で起こる出来事」であり、4千万人の死者が出ると予想する疫学モデルもあったという。コロナの死者数は国・地域によって極端に異なる。イギリス、アメリカの第1波への対応失敗について詳述している。この点に関連し、フェイクニュースなどに触れている部分が現代的視点である。
 「惨事に共通する構造」は何かとの分析では、タイタニック号沈没からチェルノブイリ原発事故まで、いくつもの例を取り上げる。チェルノブイリ事故には即発的原因と潜在的原因の両方があり、「ソ連特有の性質」もあったと指摘し、詳細に分析している。福島の原発事故には触れていないが、著者の論点を整理すると、日本社会の特性が浮かび上がるように思う。
 文化大革命時に天体物理学者が、三つの太陽を持つ惑星の「三体人」と接触し、地球壊滅を図る。それを中国人2人が阻止するSF小説が『三体』だが、これは米中対立の寓話(ぐうわ)ではと著者は見る。新冷戦時代に入るのかが著者の懸念である。
    ◇
Niall Ferguson 歴史家。著書に『憎悪の世紀』『劣化国家』『大英帝国の歴史』『キッシンジャー』など。