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鳥飼茜さんの漫画「ロマンス暴風域」がドラマに 社会や周囲が求める“性”に苦しめられている人はたくさんいる

鳥飼茜さん

ドラマ化は予想外

――社会が求める男性性にそぐわず閉塞感を抱く男性が、性風俗店で働く女性に恋をして、急にその男女関係が断絶するまでと、別れた後の彼の運命を描いた『ロマンス暴風域』。現在、ドラマが放送中ですが、ドラマ化の話を聞いたときはどんな気持ちでしたか?

 2016年から18年まで連載していた漫画だったので、ドラマ化は予想外で、幸運が舞い降りたような気持ちになりました。主人公の佐藤民生を演じる渡辺大知さんは、放送前から佐藤のキャラにしっくりくるなという印象でしたね。放送前に読んだシナリオも面白くて、私も毎回放送を楽しみにしているんですよ。

ドラマ「ロマンス暴風域」第1話より

――鳥飼さんの漫画は、物語の主な視点が男女の性差に苦しむ女性であることが多いですよね。たとえば友人の彼氏から暴力的な性行為を強いられる女性教師と、過去の経験から女性が怖くて仕方ない男子生徒を描いた『先生の白い嘘』は一度読んだら忘れられないほどの衝撃作でした。一方で『ロマンス暴風域』は最初から最後まで男性目線の物語ですね。

 掲載誌の「週刊SPA!」(扶桑社)は男性の読者が多いので、読者が感情移入できるように主人公を男性の佐藤にして、視点もずっと彼にしました。佐藤は非正規雇用の美術講師で、収入が安定しないことから恋愛面でも自信を失っている、いわゆる非モテ男性です。客として行った性風俗店で出会った芹香(せりか)に恋をします。

『ロマンス暴風域』(扶桑社)

主人公のモデルは男友達

――女性の私からすると、風俗嬢の芹香にとって佐藤は客でしかないのに、佐藤が「運命の女の子」と思い込むのが不思議でしたが、実際にありえそうな話ですね。

 佐藤のモデルは、実際に風俗嬢を好きになったことがある私の男友達なんです。物語の展開も彼の人生を追っていった内容なので、『ロマンス暴風域』は最初の段階でラストまでかちっと決まっている漫画でした。

 発表してきた漫画の影響で作者の私も性差のことばかりで苦しんでいる女性だと思われがちなんですが、そうではないんです。日常でもやっとした感情がわいてきたらそれをつきつめて考えて、最終的に性差にぶつかることが多いだけで。佐藤が男性として自信がないことにも表れていますが、女性であれ男性であれ、社会や周囲が求める「性」に苦しめられている人はたくさんいますよね。

――それは鳥飼さんが漫画家としてデビューする前からの考えですか?

 いえ、漫画家になる前は、圧倒的に女性のほうが社会で抑圧されていて苦しいはずだと考えていました。私が最初に性差をテーマにした漫画が『先生の白い嘘』で、描き始める前、男性編集者と話をしたら男性も社会で男性性が求められてつらいことがたくさんあると知ったんです。性犯罪でも加害側は男性ばかりという固定概念があるし、逆の可能性もふまえて『先生の白い嘘』を描きました。

――『先生の白い嘘』は、女性にレイプされ苦しむ男性も出てきて、こういうこともあるのかと驚き、自分の中の固定概念に気づかされました。

 ただ漫画で「私が被害者です、あなたが加害者です」ってことをしたいわけじゃないんですよ。どうしてこういうことが起こるのか、誰かが悪いのか、それとも環境のせいなのか……漫画家だからとか以前に、「どうして」をみんなで考えたい。

恐怖や不安を描く

――『先生の白い嘘』も『ロマンス暴風域』も主人公は性差によって人生の恐怖に直面しています。それを漫画で表現するために工夫していることはありますか?

 私自身が生きていくうえでの恐怖が忘れられなくてずっと考えてしまうタイプなので、描く漫画にもその怖さが自然と出てくるんだと思います。『ロマンス暴風域』は「週刊SPA!」の男性読者に共感してほしいと思っていたんですが、連載から数年経った今、以前より女性の非正規雇用や独身でい続けることが話題になっていますね。連載時は意識していなかったのですが、佐藤の抱える恐怖や不安は、男女問わず普遍性のあるものになっている気がします。

『ロマンス暴風域』(扶桑社)

――佐藤は芹香との関係を絶たれたあと、モテ期がきて運命が流転しますね。

 モテ期って言っても、相手は自分が客として行く店で働く女性ばかりですよね。佐藤は芹香との関係を純愛だと信じ込んでいたので、関係が終わったあとも性風俗やガールズバーに通って女性に出会うことが自分のベースになります。佐藤は芹香との経験によって、お金を介在した異性との出会いに慣れちゃったんだと思う。

――全編を通して登場する芝内理加は、佐藤が恋愛感情や性欲抜きで話せる唯一の女友達ですが、佐藤と同じようにモデルがいるのでしょうか?

 芝内のモデルは私です。佐藤のモデルになった男友達に、気になることをどんどんぶつけて話を聞いていました。佐藤と芝内はお互いを性的な存在として見ていないんですが、それは現状友だちのままのほうが気楽だからです。個人的に男女の友情においては、どちらかの状況次第で、片方が性的な欲望を持つことは有り得ると思っています。

『ロマンス暴風域』(扶桑社)

人間関係は変わる

――後半で佐藤と芝内がけんかする場面がありますが、芝内は結婚をひかえているし、現実世界では結婚したあと異性の友達と関係が切れることはよくありますよね。

 そうなんですよね。私自身、20代のころは男友達が結婚して「妻がいやがるから会えない」と言われたとき、理解のない女性と結婚したんだなあと思っていたんですが(笑)、35歳くらいからは、ライフステージが変わって大切な人との新しい人間関係が始まると、今までにあった人間関係のひとつを手放すことは当然あるよなと思うようになりました。

 だからふたりがけんかしたあと、芝内を再登場させるつもりはなかったんです。ただ当時の担当編集者が若い男性で「佐藤と芝内を仲直りさせて」と言っていて。男性読者の雑誌だし男性の意見を優先しようと思って変えました。でも、けんかをする前と同じような友達でいられるのかと考えると疑問が残りますね。男性同士の友情ならありなのかなとも思うんですけど、佐藤と芝内の場合は以前と同じような友情は保てない気がしています。

――最後に佐藤は、恋愛面である選択をします。これについての解釈は分かれそうですが、鳥飼さんはどうとらえていますか?

 佐藤は自分にとってきつくない選択をしたと思っています。ただ恋愛っていろいろ。「自分はそこまで好きじゃないけど相手には自分が必要だから」といった打算から始まる恋でも毎日いっしょにいると楽しいかもしれないし、それと反対に周囲みんなに認められた純愛でもすぐに終わるかもしれない。ぜんぶ本人しだいで他人がどうこう言えることじゃないって気持ちをこめてあのラストにしました。

「喪失」は避けられない

――ドラマで結末がどんな映像になるのか楽しみです。鳥飼さんの今後のご予定は?

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載中の『サターンリターン』は「俺、30歳になる前に死ぬから」と言っていた主人公の男友達が、実際に30歳になる前に死ぬところから始まる漫画で、テーマは「喪失」です。7月29日に最新刊の7巻が発売予定です。

――大切な人がいなくなるのは『ロマンス暴風域』と共通していますね。

 絶交とか失恋とか、貯金が減ったとか病気をしたとか……前はできていたことができなくなるのが喪失で、生きていたらまぬがれないことです。いやなことが頭から離れない性格の私にとって、喪失はすごく怖いことでもあります。

 『サターンリターン』は重い展開が続いているのですが10巻で完結しようと思っているので、いま10分の7まできています。これからラストに向けてどんどん面白くなるので期待していてください。『ロマンス暴風域』もドラマをきっかけに原作に興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいですね。