「家族の悪口を言う」日常
——ご自身の体験を元にした『実家に帰りたくありません』。漫画という形で表現しようと思ったのは、何がきっかけだったんでしょうか。
毎週末、実家に行くたびにモヤモヤしたり、悲しい気持ちになったりするようになって。実家で起こったいざこざをスマホにメモするようにしていたんです。夜、子どもを寝かしつけていると、日中に感じた嫌な思いがじわーっとよみがえってくる。頭の中から悶々とした気持ちをいったん吐き出しておきたくて、ひたすらベッドの中でスマホにテキストを打ち込んでいました。担当さんと話すうち、「同じような状況で悩んでいる人も多いのではないか」という話になって、連載がスタートしました。
——家族のことを題材にするのはとても勇気がいることだと思いますが、作品として世に出すことへの葛藤はなかったですか。
やっぱり最初は「家族のことをネタにしちゃっていいんだろうか」という迷いはありました。でも、その時期に体験したことや、自分が感じた正直な気持ちはどうしても残しておきたかった。心の動きをそのまま漫画にすることで、気持ちを整理できたので、描いてよかったと今は思っています。
——物語の冒頭で紹介されるイタコさんの実家は、近所でも有名な「仲良し家族」。そこから徐々に実家とのコミュニケーションに苦しむイタコさんの姿が明らかになっていくわけですが、「実家が過干渉・モラハラなのではないか」と気付いたのはいつごろでしたか。
漫画でも描きましたが、子ども時代から薄々「なんだかおかしいな」とは思っていたんです。違和感がはっきりしたのは、自分の子どもが生まれてから。親になってみて初めて、自分がわが子に対して絶対にしないような言動を、うちの両親は子どもにしていたな、と気付きました。私には姉がいるんですが、小さいころはとにかく姉妹で比較されることが多かったですね。「お姉ちゃんはできるのに、あんたはなんでできないの」ってよく言われて、傷ついていました。
ほかにも「その場にいない家族の悪口を言う」のが日常的になっていて。両親がそれぞれの悪口を子どもたちに言ったり、私の姿が見えないところで、父と母と姉が楽しそうに私の悪口を言っていたり。家族みんながそれぞれの悪口を言い合っているような状態。でも、夫が私の悪口を子どもに聞かせるだろうか、子どもの悪口をネタに夫と盛り上がることってあるだろうか?……と、自問すると、絶対にそんなことはないと断言できる。自分の家族ができてから、目が覚めたような気持ちになりました。
人の顔色を読みすぎる
——両親や姉との関係性が、自分の性格や人生での決断に影響を与えたのでは、と思うことはありますか。
小さいころから家族の機嫌をうかがっていたせいか、特技と言っていいくらい、人の顔色を読むことには長けていると思います。「あ、この人一瞬ムッとしたな」とか、「ニコニコしているけど、この人のこと苦手なんだろうな」とか、普通の人の10倍くらいの精度で他人の心の揺れが分かる。
——「空気を読みすぎるようになってしまった」ということですね。「瞬時に人の顔色を読める」って一種の能力ですが、すごく疲れそうです……。
めちゃくちゃ疲れます(笑)。人付き合いに関する自己啓発本をたくさん読んで「聞き上手になればいいんだ」と分かってからは、あいづち役に徹するようになりました。新しい人間関係のなかに入っても、すぐにそれぞれのポジションを見抜くことができるので、無難にコミュニケーションを取ることはできるんです。
一方で、なんでも話せるような友人はあまりいなかったし、友だちができても「実は私のこと、嫌いなんじゃないか」と、心の底からは信頼できなくて。家族同士が悪口を言い合っているのをずっと見てきたせいで、「陰で悪口を言われているかも」と疑心暗鬼になってしまう。小さいころからの人間不信はずっと直らないままですね。
——そんななかで、パートナーである「夫」はイタコさんにとって、どういう存在なんでしょう。
夫も友だちが少ないので、その点では私と似ているかも。夫といると「人の悪口を言わない」とか、そうした当たり前のことにホッとするんです。夫と結婚して「普通の家庭ってこんな感じなんだな」と、あらためて教えてもらっている気がします。
——イタコさん一家と実家の両親、姉夫婦を交えた食事会のエピソードでは、父と姉の夫が繰り出すマウントをマイペースにかわす「夫」のキャラクターが笑いを誘います。
夫は決して「自分を大きく見せよう」としない人なんです。妻の父親の前だからといって、お世辞を言ったり、格好つけたりしない。ある意味“KY”なので、そこは合わせとこうよ、っていう空気になることもあるんですけども(笑)。私は逆に空気を読んで相手に合わせすぎてしまうタイプなので、自分のペースを崩さない、人にどう思われても気にしないという夫のスタンスがうらやましくなることもあります。
これって「贅沢な悩み」?
——第4話では、実家との関係についてママ友に相談したところ、「贅沢な悩みだよ」と諭されてしまうシーンがあります。これ、私も思わず言ってしまいそうな言葉だな……と反省しました。
「どこにでもあるようなことなのか、それともうちがおかしいのか」と悩んでいた時期だったので、とりあえず誰かに聞いてほしかったんですよね。「分かる分かる、うちも一緒」というリアクションを期待していたんですが、実家が遠方にある友人だったので、まったく共感されず、逆に軽く叱られてしまいました(笑)。
——でも遠くに住む家族って、普段会っていないからこそ、ほどよい距離感で接することができるわけで。イタコさんのように近所に住んで頻繁に会っていると、その関係も変わってくると思います。
近所を出歩くときも気が抜けない。実家の親に会うのが義務のようになってしまっていて、「今週は行きたい気分じゃないけど、行かないとまずいな」とか、実家に行かなかった日に家族3人で外を歩いているところを見られると気まずいとか、気苦労が絶えない。用事があって実家に行けないときは、常に「どう思っているかな」と罪悪感に苛まれました。遠方に実家がある友人にとっては、「実家は天国」なんでしょうけど、私にとってはストレスの元になっていたんですよね。
——コロナ禍で実家に行く頻度が減り、電話でカウンセリングを受けたことが一つの転機となったんでしょうか。
自分たち家族に利害関係のない、第三者からの客観的な意見がほしかった。いきなり病院へ足を運ぶのはハードルが高かったんですけど、ちょうどコロナ禍で電話での相談が簡単にできるようになっていたんです。これまでのことを話すと、カウンセラーの方が「過干渉ですね」と。それを聞いて、ようやく答え合わせができたような気持ちになりました。
——カウンセリングや両親との衝突を経て、最終的にイタコさんはある決断をされ、実家との関係性が大きく変わることになります。物語の結末については読者に直接確かめていただくとして、この選択をしたことでご自身はどう変わりましたか。
「週末がやっと自分たちのために使える」という解放感を味わっています。誰に謝らなくてもいい、罪悪感も持たなくていい。これまでは私たち家族が実家の「付属物」のような感じだったのですが、自分たちのことをメインに据えて暮らせるようになったことが一番の変化ですね。
カウンセリングを受けた後、ネットの「毒親診断」を見て「やっぱりそうだったんだ!」と怒りを再燃させていた時期もあったんですが、人を嫌ったり憎み続けたりすることって、そもそもすごくパワーがいることだと思うんです。自分自身もその感情に振り回されて疲れ切ってしまう。今はそこも一山乗り越えて、私なりの付き合い方ができるようになったと思います。
完璧な親なんていない
——ご自身で試行錯誤されて決断した結果、今は気持ちも安定されたということですね。ここ10年で機能不全家族や「毒親」をテーマにした本が増えましたが、イタコさんが読んで心に残っている作品はありますか。
初めて「毒親」という言葉を知ったのが、田房永子さんの『母がしんどい』(KADOKAWA)でした。非常にエキセントリックで激しい面があるお母さんですが、完全な「悪」としては描かれていなかったと思うんです。優しいときもあったし、楽しかった思い出もある。だからこそ、田房さんも決別するまで葛藤があったのだと共感しました。
私自身も将来、子どもに毒親と思われてしまったらどうしよう、と不安になることがあります。でも完璧な親って、いないと思うんです。どの家庭も大なり小なり歪(いびつ)なところがある。だから、「子どものころに親にされて嫌だったことは絶対にしない」ということだけ心がけて、自分を追い詰めすぎないこと、自分の理想を家族に押しつけないことが大事かなと思っています。
——親の感情って、たとえ外に出さなくても子どもは敏感に察知しますよね。親自身が幸せでいることが大事ですね。
本当にそうです。毎日、家族で笑えてさえいればいいかなと思えるようになりました。
——今、リアルタイムで「実家がしんどい」と思っている読者にメッセージをお願いします。
私が一番悩んだのは、完全に絶縁するのか、それとも関係を続けていくのか、というところだったんですが、今は無理して白黒付けなくてもいいと思っています。毒親をテーマにした本や体験談を読んでいると、最終的なゴールは「絶縁」しかないという気になりますが、それは選択肢の一つ。スパッと関係を絶つのがベストの人もいれば、距離を置いてコミュニケーションの頻度を減らすだけで楽になれる人もいる。それぞれに合ったやり方で、自分の気持ちが一番落ち着くような距離感を調整していけるといいんじゃないでしょうか。