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「たんぽぽ球場の決戦」書評 挫折しても人生はきっと楽しい

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月23日
たんぽぽ球場の決戦 著者:越谷 オサム 出版社:幻冬舎 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784344039704
発売⽇: 2022/06/22
サイズ: 19cm/374p

「たんぽぽ球場の決戦」 [著]越谷オサム

 野球って楽しい! 読書するって本当に楽しい!との思いが、心の底から込み上げてくる快作だ。
 〈野球で挫折した人大歓迎!〉。かつて埼玉県内屈指の強豪校のエースとして君臨し、超高校級と持て囃(はや)された過去をもつ大瀧鉄舟は、市議会議員を務める母・幹子の策略で、広報紙に草野球のメンバー募集を掲載されてしまう。
 気のりしないのは、鉄舟自身が〈野球で挫折した人〉だからだ。今も繰り返し見る甲子園出場を摑(つか)みかけた県大会決勝の悪夢。業務連絡以外、誰とも言葉を交わすことのないアルバイト。〈俺を誰だと思ってんだよ。ただの倉庫作業員じゃないぞ。智修館高校のあの大瀧鉄舟だぞ。倉庫で働いてる俺は俺じゃない。目を逸(そ)らして人と挨拶(あいさつ)したり、外階段で飯食ったりしてる俺は、たぶん本当の俺じゃない〉。抱えこんだ鬱屈(うっくつ)が晴れぬまま、気がつけば二十代半ばになっていた。
 下は中学一年生から、プレイするのは約半世紀ぶりという「おじいさん」まで老若男女のメンバーが徐々に集まる。鉄舟は、ひとりではとても無理だと高校野球部の主将だった航太朗に助けを求め、寄せ集めチームが動き出していくのだが、デコボコでヘッポコなメンバーを前に、プライドを捨てきれない。
 全国区のスターだったわけではない。甲子園には出場さえしていない。客観的に見れば「たかが」と言われかねない「栄光」を手放せずにいる鉄舟に、唯一の親友でもあった航太朗が「まだ、智修館のエースのつもりなの?」とド直球の叱責(しっせき)を放つ場面が強烈だ。そこから、錆(さ)びついていたスイッチが切り替わる。
 全体練習のたびにできることが増えていく。仲間を信じて、頼りにする。クライマックスとなる初の対外試合は手に汗握る展開で、押しつけがましくも暑苦しくもない興奮と感動に包まれる。
 諦めるな。そう、人生もまた、きっと楽しい。
    ◇
こしがや・おさむ 1971年生まれ。作家。『陽(ひ)だまりの彼女』『階段途中のビッグ・ノイズ』など多数。