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第167回芥川賞・直木賞選考 講評から振り返る 

記念撮影に応じる窪美澄さん(左)と高瀬隼子さん=瀬戸口翼撮影

文章・構成、受賞者の資質に敬服 直木賞

 直木賞受賞作は星座を共通のモチーフに、大切な人を失った人々の心の揺らぎを描いた5編の短編集。選考委員を代表して講評した林真理子さんは「コロナ下の社会を真正面からではなく、日常からさりげなく取り上げた。文章力、構成力、作家の資質に改めて敬服した」と話した。

 次点は初めて候補になった永井紗耶子さんの『女人入眼(にょにんじゅげん)』(中央公論新社)。鎌倉時代を舞台に、源頼朝の娘・大姫の入内(じゅだい)をもくろむ母・北条政子と朝廷側の権力闘争を描いた歴史小説だ。「わざと武士を描かず女性だけで鎌倉ものを描いたところに手腕を感じる」と評価されたが、わずかに票数で及ばなかった。

 3番手は呉勝浩さんの『爆弾』(講談社)。都内に爆弾を仕掛けたとほのめかす中年男と警察官らとの駆け引きで展開するミステリーで、悪意を持つ男の造形が評価されたものの、結末の展開に難色を示す声があったという。

候補5作粒ぞろい、評価が拮抗 芥川賞

 芥川賞の選考委員を代表して講評した川上弘美さんは「候補5作は粒ぞろいで評価が拮抗(きっこう)した」と切り出した。受賞作は小所帯の職場で、働き方や仕事への向きあい方が異なる男女3人を軸に、ままならない人間関係を描いた。「どこかで見たようなお話ですが、物語ってそういうもの。型を少しずつ変奏して書く技術が優れている」と評した。

 次点は3作。決選投票で横並びの評点だった。世間の先入観や思い込みにモヤモヤする女子高校生を主人公にした年森瑛(あきら)さんの『N/A(エヌエー)』(文芸春秋)は「高校生たちのやりとりなど、いまの若者たちのことがうまく書けている」との評価の一方、文章中の比喩表現などに違和感を覚える委員もいたという。

 鈴木涼美(すずみ)さんの『ギフテッド』(同)は歓楽街の片隅に暮らす「私」が重い病に侵された母をみとるまでの日々を描いた。「母娘を描く小説が多いなか、類型とは違う二人の距離感をうまく描いた」と好意的な評の一方で、文章が説明的すぎるとの声もあった。

 炭坑のテーマパークに置かれた坑夫のマネキン人形を父親だと言い聞かされて育った主婦が主人公の小砂川チトさん『家庭用安心坑夫』(講談社)は、「一種幻想的で、非常に面白い物語の作り方」と評価されたものの、その作り方ゆえか、一部の場面が他の部分とつながっていないとの意見があったという。

 今回、芥川賞は5候補すべて、直木賞も5作のうち4作が女性作家の小説だった。記者会見で「時代の変化を感じるか」と問われた川上さんは「女性、男性とひと言で言ってしまうのが小説的でない気がする。ひと言で言えないところを表現していくのが小説です」と述べるにとどめた。(野波健祐)=朝日新聞2022年7月27日掲載