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「グローバル開発史」書評 冷戦期の援助めぐる対立と協力

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月13日
グローバル開発史 もう一つの冷戦 著者:三須 拓也 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784815810900
発売⽇: 2022/06/13
サイズ: 22cm/270,106p

「グローバル開発史」 [著]サラ・ロレンツィーニ

 二〇世紀後半の世界を説明するとき、私はいつも「冷戦」を前面に出して説明する。あの時代はソ連が主導する社会主義圏と米国が主導する資本主義圏の対立が形作っているのだと。
 だが、冷戦は単なる米ソ対立では描ききれない。本書は冷戦期の開発に注目して、米ソ中仏や東西ドイツなどによる「ヨーロッパの植民地または旧植民地」や中南米の開発をめぐる対立と協力という構造を描き出す異色の冷戦史である。
 開発とはインフラ整備や、経済や技術の援助のことである。教科書を読んでいると、つい西側諸国による開発に目が向きがちであるが、本書はソ連を筆頭とする東側の開発のあり方も詳述されていて興味深い。
 そもそも、欧州諸国の旧植民地だった国々の「植民地の遺産から抜け出そうとする民族主義者の指導者たちには」ソ連は魅力的だった。ソ連も平和と平等を掲げ、資本主義国とは異なる開発像を見せようとした。だが、被援助国の多くはソ連の「遅延、低品質、技術水準の低さ」への不満を口にした。
 西側諸国もそれらの国々の共産主義化を防ぐべく開発を進めるが、宗主国の時代のような振る舞いを続けるようなものであるなど、問題点が指摘された。
 国際機関は、国々の利害を隠そうとしない開発計画ではなく「普遍的で均質な開発の概念」を作ろうとするが、「技術優位主義的」な傾向も否めず、結局失敗に終わる。しかも、次第に開発がもたらす環境破壊や人権侵害、政治腐敗などの問題が取り沙汰され、開発の意義が疑われ始める。
 東西どちらかに偏らず、開発関係者の痛烈な批判も辞さず、思想や経済理論にも目配りしながら論じる本書のバランス感覚がいい。新冷戦とも言われる現在も、開発側の「宗主国」的態度や被開発側の環境・生活破壊の問題は深刻だ。本書を通じて冷戦史を学び直し、現在の国際社会を冷静に俯瞰(ふかん)する視座を得たい。
    ◇
Sara Lorenzini 1974年、イタリア生まれ。冷戦史や欧州統合史が専門。伊トレント大で教える。