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「女性兵士という難問」書評 善し悪しを即断せずに向き合う

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月10日
女性兵士という難問 ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学 著者:佐藤 文香 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784766428353
発売⽇: 2022/07/12
サイズ: 20cm/294,27p

「女性兵士という難問」 [著]佐藤文香

 軍隊は男性のものと考えがちだ。だが欧米の軍隊では女性兵士が増えており、日本の自衛隊でも全体の約8%を女性が占める。
 この現象は何を意味するのか。男女平等の証しというには、性暴力を含め、軍隊・自衛隊内の男女の権力関係は根強い。かといって、女性を軍事に動員する悪(あ)しき現象と見なすと、女性兵士の抱える困難を理解できない。善し悪しを即断せず、何が起きているかをつぶさに考察すべきだ、というのが本書の立場である。
 高度成長期から、自衛隊は女性の採用に力を入れ始めた。女性差別撤廃条約の批准を受けて、1980年代以降、女性自衛官がさらに増加する。職域も看護・事務から戦闘領域へと徐々に広がった。だが女性登用の主眼は、ジェンダー平等よりも、日本の進歩性を世界に見せることにあった。
 そのため、自衛隊内のジェンダー規範は残り続ける。女性自衛官には「優しく」「麗しく」などの女らしさ・母性が求められた。地域のミス・コンテストに女性自衛官をエントリーさせたこともあった。平和維持活動に自衛隊が派遣されると、女性を「平和維持者」として前面に押し出し、利他的で人道的な自衛隊イメージを創り出す。
 女性であることと同時に、兵士であることも求められた。男性から性暴力を受けても、強くあるべき兵士としての意識が、自らの被害を矮小(わいしょう)化してしまう。男性が大半を占める組織にあって、問題化すると追放される危険性を感じ、訴え出ることも難しい。
 本書の示す女性兵士の困難は、いままさに問題として浮上している。元陸上自衛官の女性が、訓練中に受けたセクシュアルハラスメントについて被害届を出したが、不起訴となり、先月末に第三者委員会の設置を防衛省に求めた。軍事組織を社会から切り離すのではなく、両者の相互関係を問う本書は、この問題が社会全体で解決すべき課題だと教えてくれる。
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さとう・ふみか 一橋大教授(社会学・ジェンダー研究)。著書に『軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち』など。