柳田國男(1875~1962)の著作として知られる『遠野物語』(1910年刊)は、岩手県遠野地方出身の作家で伝承採話者の佐々木喜善(きぜん)が語った同地方に伝わる伝承を柳田が筆記し、まとめた説話集だ。
本書では、全7章のうちの4章を費やして、ザシキワラシや河童(かっぱ)などといった『遠野物語』の説話を紹介しつつ、柳田がその後の研究でそれらをどう扱い、位置づけたのかを追いかける。「『遠野物語』はどう読まれてきたか」という章では、吉本隆明らによる60年代以降の遠野物語論の多くを「読み解こうとするものではなく、自分の主題(略)をめぐる議論の材料として使っているにすぎない」などと批判する。
広島県出身。多数の著書で「民俗学は、様々な事象を歴史的視点で考える文化伝承の学問だ」と説いてきた。本書ではその出発点ともいえる『遠野物語』の読み解きに挑んだが、「難しかったのは、これが説話集であって、柳田が何らかのテーマを論じようとした『論著』ではないこと。でも、のちの言説と比較することで、当時、彼が抱いていた思考の片鱗(へんりん)が見えてきた」と話す。
たとえば『遠野物語』には、山奥に暮らす「山人」に関する話が十数話収録されているが、柳田は1917年の講演「山人考」で、このような山の民は、有史以前から日本列島に暮らしていた先住民の子孫であり、「我々の血の中に、若干の荒い山人の血を混じて居(い)るかも知れぬ」と説く。
「柳田は『遠野物語』の序文でも、山深きところには『無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之(これ)を語りて平地人を戦慄(せんりつ)せしめよ』と強い言葉で書いている。現在で言う多文化主義を標榜(ひょうぼう)し、山の民の存在に光をあてたいと思ったことが、民俗学という新しい学問が生まれるきっかけになったのだと思います」(文・宮代栄一 写真・家老芳美)=朝日新聞2022年9月24日掲載