私事だが、間も無く還暦を迎える。六十か。おかげさまで体調は良く、一応元気で還暦を迎えることになったのだが。なんだろう、体よりむしろ心が歳(とし)をとったようで。漠然とした不安。もちろん年齢なりの体力の衰えはあるのだが、それ以上に「心の体力」の衰えを感じることが多い。小さなことから大きなことまでさまざまな煩わしさや心配事が、思いのほか大きくのしかかって疲れを感じがちなお年頃ごろ、なのである。
『60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと』。この本には人間関係や経済的なこと、身近な暮らしのあれこれ、そしていつまで続くかわからないこの先のための準備など100項目が挙げられている。腐れ縁は断ち切る、夫とは一緒の部屋で寝ない、固定電話は手放す、仏壇はなくてもいい……。「これはやろう」「いやそれはなかなかできないな」などと独りごちながら見ていくのが楽しい。なんだかウキウキする。
一つ一つの提案には賛否もあるだろう。だが肝心なのはこれら全てに従うことではなく、どうしようと考えながら、いろいろと澱(おり)が溜(た)まってしまった生活の棚卸(たなおろし)をすることなのだ。「新たにペットを飼うことはあきらめる」という項目で「そうか」と思い切ったり、「今まで義務でやってきたことをやめて、自由に生きるチャンス」という一文に我が意を得たり。
どうしたって老いは避けられない。どんな老い方をするかも自分の思い通りになるとは限らない。いつ何があってもおかしくないという不安は誰の心にもあるもの。だからこそ1日1日を大切に快適に生きる力を身につけたい。過去の見栄(みえ)やしがらみを手放せば、そこに生まれたゆとりに新しい何かが始まるのではないかしら。心身を軽やかに清々(すがすが)しく整えることで、新たな景色が見えてくるんじゃないかしら。そんな希望が湧いてきて、心の体力もめきめき蘇(よみがえ)る本である。さて、あなたは何をやめてみますか?=朝日新聞2022年10月15日掲載
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宝島社・690円=14刷54万部。2021年11月刊。「人口が多く、進学や就職で激しい競争を経験してきた世代に、『やめる』『捨てる』提案が支持された」と担当者。