少し前まで、現生人類であるホモ・サピエンスは20万年前に東アフリカで誕生し、10万年前にアフリカを出て世界各地に広がったというのが教科書の一般的な記述だった。
それが、30万年前にはすでにホモ・サピエンスが登場していた証拠が見つかり、20万年前には出アフリカを果たしていたらしいことがわかってきた。
あと、ヨーロッパではネアンデルタール人がホモ・サピエンスと一時的に共存していたはずだった。ただしネアンデルタール人とはどういう関係にあったのかは不明だった。
それが10年ほど前、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人と交雑していたという驚きの事実が発覚した。さらにそこに、デニソワ人という謎の存在まで絡んでいるというではないか。この大発見を主導したスバンテ・ペーボ氏は、今年のノーベル賞に輝いた。
人類の起源をめぐる研究の急展開は、化石の形態や遺物に頼っていた従来の研究に加えて、化石からDNAを採取して分析する技術が使えるようになったおかげである。それも、最初はミトコンドリアのDNAだけだったのが、次世代シークエンサという分析機器によって細胞核のDNAまで調べられるようになり、人類進化の道筋がたどりやすくなった。
さてそれで、つまりどういうことなんだ。大発見は聞こえてくるけど、全体像がつかめないじゃないか。そんなもやもやを抱く人が多かったはずだ。
そこに登場したのが本書である。分子人類学の第一人者が、最新の研究成果を追いかけるために書き留めていたメモを基に、現時点でわかっている人類進化の世界地図を丹念に描いている。自分たちのルーツに関心をもつ読書人が飛びつくはずだ。
ルーツをめぐる情報満載で咀嚼(そしゃく)がたいへんだが、ホモ・サピエンスは遺伝的にほぼ均一な集団であり、「人種」の区別に意味はないという著者のメッセージはしっかり噛(か)みしめたい。=朝日新聞2022年10月29日掲載
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中公新書・1056円=6刷3万9千部。2月刊。担当者は「歴史好き、SF好きも反応している。人類誕生について物語のように知ることができ、関心を呼んでいるようだ」。