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和嶋慎治さんに染みこんでいる渡辺宙明のスキャット 「人造人間キカイダー」「マジンガーZ」にシビれた

©Getty Images

 アルバム『新青年』制作時のこと。「屋根裏の散歩者」のデモテープをスタジオに持って行ったところ、鈴木君が開口一番「あれ、このイントロ、何かにそっくりだよ」と言う。「えー、そんなはずは」「ほら、何だっけ。『仮面ライダー』の悪者の音」「あっ。確かに」

 正確には「仮面ライダー」ではなく、「人造人間キカイダー」の悪役、プロフェッサー・ギルの笛の音だったというオチだが、それにしても、自身の潜在意識における昭和のヒーローものの影響力に、愕然とした。

 親御さんがよほどの洋楽かぶれでもない限り、どなたも子供時分にまず親しむ音楽は邦楽であろう。平成生まれならばJ-POP、昭和の子供ならば歌謡曲、もしくはテレビ番組の主題歌といったところか。ご多分にもれず、僕とてもそうだった。

 「仮面ライダー」シリーズの主題歌にシビれた。遠からず作曲者が同郷の菊池俊輔先生であると知り、いっそう親近感が湧いたものである。

 戦慄が走ったのは、「人造人間キカイダー」、「マジンガーZ」。作曲は渡辺宙明先生。菊池先生が微妙に歌謡曲寄りであるとするならば、こちらは得も言われぬ哀感、バタ臭さを醸し出していた。親友の泉君が水木一郎の歌い方を真似て、「ルストハリケーン」とやるのが、僕は好きだった。──中学生になると、あまりヒーローものは見なくなる。僕の音楽に対する興味も、洋楽へと移っていった。

 さて、前述の「屋根裏の散歩者」で、期せずして僕はキカイダーと邂逅を果たした。そうなると無性に懐かしさを覚え、早速Amazonプライム・ビデオで全話を鑑賞、昭和の景観に心奪われ、頭の中では主題歌が鳴り止まない始末。勢いのまま、渡辺宙明先生の大ファンになったのは至極当然のことだろう。

 先年、『渡辺宙明 卒寿記念』なる4枚組ベスト盤を入手した。恰好の資料でもあるので、これを傍らに、しばし先生の偉業を称えてみたいと思うものである。

 よく宙明節と呼ばれるものがある。マイナー・ペンタトニック・スケールを基本とし、そこにブルーノートを絡めるものだが、すでに1970年代前半で顕著である。というよりこの頃は多用していたと言ってよく、「マジンガーZ」と「キカイダー01」のイントロはまったく同じである。正直どの曲もイントロは似通っていて、そのうちすべてが一緒に聴こえ出す。まるでヒーローのミニマル・ミュージック、宙明節トランス状態になれる。

 先生のもう一つの特色に、スキャットがあろう。BANとかDANとかいうやつだ。(著作権の問題があるかもしれないので、以降はオリジナル詞ではなく、当て字を駆使して記していく)

 意識的に使い出したのは、74年の「おれはグレートマジンガー」からではないかと思う。脱手! 脱手! 弾弾打弾──一見何の意味もない言葉の羅列ながら、ロックンロール調のビートに弾みをつけている。続く「勇者はマジンガー」では、    

 酒酒衆 番場番 酒酒衆 番場番

 酒酒酒派酒派 酒酒派酒派 酒酒酒酒派

 と、あたかも剣鉄也の駆るジェット機の飛行音のようだ。

 最も著名なのは、「秘密戦隊ゴレンジャー」だろう。重厚な男性コーラスによる番薔薇番番番は、まさに戦隊ものにふさわしく、勇ましい。そして僕は気づいてしまった──自作曲「命売ります」の薔薇場番場薔薇場番場は、宙明先生への無意識のオマージュであったと──。

 時として、スキャットがインフレーションを起こす場合もある。「鋼鉄ジーグのうた」は、あろうことか歌詞の大半がスキャット。段打打打段打段段打段から始まり、歌の合いの手も番場番、Bメロ後半に至ってはまるまる、

 薔薇薔薇場番番 場番場
 番番番番 場番番

 とスキャットの嵐。これで終わりかと思いきや、サビに駄目押しの番場番。何の歌か分からなくなるが、もしやこれはジーグのマグネットが脱着する音なのでは、うんきっとそうに違いない、といつしか我々は憶測を深めていることに気付く。それがファンの務めというものだ。

 思うに、「秘密戦隊ゴレンジャー」「鋼鉄ジーグのうた」あたりから、宙明節に冗談の要素が加わったのではなかろうか。冗談と呼ぶのが失礼ならば、笑いを伴った高揚感と言い換えてもいい。それは間に70年代後半のメロウな曲調の時期を挟み、79年「バトルフィーバーJ」で開花し、81年「最強ロボ ダイオージャ」で爆発する。

 ダイオージャは、スキャットこそ番番番番番と控えめなものの、大仰なイントロといい、最強最強最強最強と畳みかけるエコーのアレンジといい、ただのナンセンスな歌だけでは括れない、洗練された大人の余裕とエスプリが垣間見える名曲である。いや、僕にとっては、酒を飲んだら聴かずにはおれない、鉄板の爆笑曲である。

 宙明先生の最高傑作は何だろう。天才の仕事を評するのはおこがましくもあるが、あえて個人的趣味のもと挙げるならば、「宇宙刑事ギャバン」だ。

 ブルーノートを自家薬籠中のものとし、電子音楽やディスコなど、その時々のサウンドを貪欲に吸収され、「ああ電子戦隊デンジマン」「太陽戦隊サンバルカン」ほか数々の名曲をものした後、辿り着いた境地、それがギャバンだ。そもそも先生の曲は歌詞を見事に表現しているものばかりだが、「宇宙刑事ギャバン」ほど詞と曲が一体になっている楽曲はないだろう。串田アキラの圧倒的な歌唱力も素晴らしい。

 男気を高らかに歌い上げた後で、最後に一言「宇宙刑事ギャバン」と来るので、えっこれ宇宙刑事の歌だったんだとびっくりしてしまうわけだが、でもそれでいいのだ。なぜなら、愛と勇気、男気を体現したヒーローこそがギャバンだからだ。それまでの言葉はギャバンに収斂されるためにある。

 また宙明節お得意のスキャットもここには顔を出さないが、それでいいのだ。もとよりギャバンにスキャット風の響きがあるし、

 若狭 若狭ッ手何駄 阿井ッ手何駄

 シンプルな言葉をディスコサウンドに乗せたことにより、スキャットに匹敵する音の気持ちよさを得ている。まさしく宙明先生は、言葉をメロディー化する天才というほかない。

 菊池俊輔先生が2021年に鬼籍に入られ、渡辺宙明先生も2022年にお亡くなりになられた。日本から一人また一人と天才がいなくなるのは寂しいとしか言いようがないが、残された我々がやるべきことは、その偉業に感謝し、薫陶を胸に、先人が切り開いた道をさらに歩んでいくことだろう。

 今僕は、とてもヒーローソングを作りたく思っている。